レシピ多すぎ、コスパ悪すぎ、献立ムズすぎ、皿洗い嫌すぎ……! 忙しい日々に追われ、自炊の壁を感じている人は少なくないのではないだろうか? しかし私たちが料理をする意味は、美味しさ、健康、節約だけでなく、気分転換、侘しさ解消、生き抜く力が身につくなど、想像以上に大きい。「人生100年時代、自炊を学ぶメリットは無限大」だと気づかせてくれる書籍が『自炊の壁』だ。著者は、料理入門中のミニマリスト・佐々木典士氏と、自炊料理家の山口祐加氏。立ちはだかる料理の悩みを言語化し、“レシピ以前”の解決策を提案する一冊から、その内容の一部を紹介する。

自炊しないほうが効率的?
佐々木 典士(以下、佐々木)自炊が面倒と思う大きな理由のひとつは、自炊もコスパの対象になってしまっているからだと思います。ぼくも以前は、料理するのに30分かかるのに、食べるのは5分で、つい「30:5かぁ」とか計算してしまったり(笑)。
山口祐加(以下、山口)それ、よく言われますよね。スポーツだと、練習時間と試合時間の割合なんて計算しないんですけど、なぜか料理だとしてしまう。
佐々木 労力と報酬が、わかりやすくイコールであってほしいという思いがぼくにもありました。苦労して作ったのに5分で食べ終わるから、SNSでシェアして「労力の供養」をしたり(笑)。
山口 でも、その削った労力分の時間で何をしてるのか考えたら、おそらくみんなスマホ見てるんじゃないですかね。私がそうですけど(笑)。
佐々木 自炊したら食費は節約することもできると思います。でも節約のためだけでも難しくて、定食屋さんで千円出すと、自宅で千円かけて作るよりも食材のバリエーションが多く、より美味しいこともあると思います。買い物に行ったり、後片付けしたりする時間を、つい時給換算してしまうこともあるでしょうね。
山口 自分で牛丼を作って食べるよりも、牛丼屋に行って食べたほうが安いし、洗い物もしなくてもいい。でもどうしても、それだけでは心がやせ細っていくような感覚があると思うんです。
自炊はコスパだけで語れない!
依存しない自由が手に入る
佐々木 コスパ、タイパだけで考えると、本業で稼ぎ、他のものはお金を出して買うのがいちばん合理的ですよね。ぼくは家具も作るんですが、図面を考え、必要な材料を揃え、作りあげるのには時間がかかります。机ひとつ作るのに5日かかるとなると、ニトリで買ったほうが遥かに合理的。でも作る過程でスキルも得られて、今後家具は自分で作れると思えば、お金への依存度も減る。そのときの「生きていける」という自信が何物にも代えがたい。
山口 私が「野生ポイント」と呼んでいるのと同じですね。何かができるようになると野生ポイントが1ポイントアップ(笑)。作家の坂口恭平さんが言っている「貯作業」(作業を継続して貯める。貯めた作業の価値は変わらず、磨きがかかる)じゃないけれど、自分の経験値を貯めていくことも大切だと思います。
佐々木 買うことは、お金を出してプロセスを省くこと。プロセスがすっ飛ばされるので、経験値は貯まらないですからね。個人的には、料理に限らずただお金を出して買われたものにはあまり心が動かないんです。たとえばどんな豪邸を見せびらかされてもなんとも思わないんですけど、「これ自分で作ったよ」というセルフビルドの小屋には心底感心したり。
山口 本当に子育てで手一杯な人が、自分の時間もまったくなくて、ご飯をお惣菜で済ませたり外食をするのも、もちろんアリだと思うんですよ。それで自分を癒やしているわけですからね。
佐々木 「今のこの生活に、とても自炊が入る隙間がない」と思う人は、無理せずでいいと思います。「無理だと思ったらやめるべき、面倒だと思ったら続けるべき」という名言がありますが、自炊においても当てはまるかもしれません。
(本稿は、書籍『自炊の壁』を一部抜粋・編集したものです)
作家/編集者
1979年生まれ。香川県出身。雑誌「BOMB!」「STUDIO VOICE」、写真集や書籍の編集者を経てフリーに。2014年クリエイティブディレクターの沼畑直樹とともに「Minimal&Ism」を開設。初の著書『ぼくたちに、もうモノは必要ない。』は26か国語に翻訳され80万部以上のベストセラーに。『ぼくたちは習慣で、できている。』は12か国語へ翻訳、累計20万部突破。両書とも、増補文庫版がちくま文庫より発売。
山口祐加(やまぐち・ゆか)
自炊料理家
1992年生まれ。東京都出身。出版社、食のPR会社を経て独立。7歳の頃、共働きで多忙な母から「今晩の料理を作らないと、ご飯がない」と冗談で言われたのを真に受けてうどんを作ったことをきっかけに、自炊の喜びに目覚める。現在は料理初心者に向けた料理教室「自炊レッスン」や執筆業、音声配信などを行う。著書に『自分のために料理を作る 自炊からはじまる「ケア」の話』(晶文社)、『軽めし 今日はなんだか軽く食べたい気分』(ダイヤモンド社)など。