発達障害の特性を持つ人を
雇用しない損失は2.3兆円
実は、IT人材の不足が深刻な中、発達特性を持つ人を採用することで、発達特性の違いを強みとして生かせる可能性が指摘されている。この脳・神経の発達特性の違いを社会で活かそうというのが「ニューロダイバーシティ」であり、ニューロダイバーシティの活用が進んでいないことで日本の産業界が失っている機会損失は2.3兆円に上るという試算もある。
例えば、情報処理推進機構が定めるデジタルスキル標準では、DX人材に求められる要素として、変化を捉える力や社会の変化への適応力が挙げられている。「ADHDの人たちは変化を好む傾向があり、変わっていくことを楽しいと感じるため、この特性が大いに生きる可能性がある。また、データ分析においては、ASDの人たちの緻密さや集中力が生きる」と木村氏は指摘する。
ここで重要なのは、「DXに必要なスキルを一人ですべて備えている人材を探すのは現実的ではない」ことだ。
「例えば、データ分析と一口に言っても、いくつかの工程がある。最初に仮説を立てる段階では、変化を捉えて物事を違う視点で見られるADHDの特性が生きる。次の実際の分析工程では、ASDの人たちの特性が活かせる。それぞれの得意分野を組み合わせてチームとして機能させることが重要だ」(木村氏)
DXやAIにかかわる高度人材が不足しているのは、人材が希少だからというばかりではない。求める側が、必要とする能力や業務内容を厳密に定義できていないことが多い。絵に描いた餅をほしがるように、上記のスキルをまとめて一人の人に求めてしまうがゆえに、採用の際に人材要件を満たさないとみなし、採用し損ねているのだ。
企業が様々な専門性を獲得しなくてはならない現代において、発達特性の違いを活かした人材戦略は重要な意味を持つ。ニューロダイバーシティ活用は単なる社会貢献ではなく、組織の成長に直結する戦略的な活動と言える。
なお、ニューロダイバーシティは、すべての人に存在する脳・神経の多様性を前提にした概念で、発達障害と定型発達を区別するものではない。発達障害と言われる状態は「スペクトラム(境界や範囲が明確ではないこと)」であり、その特性が出る度合いが個人個人でグラデーションのように異なっているに過ぎない。「ニューロダイバーシティの活用というのは、われわれ全員がそれぞれ活躍しやすい場所で働くということ」(木村氏)にほかならない。