
「時間を守れない」「マルチタスクが苦手」「指示の意図を正しく理解できない」――。職場でこうした課題に直面すると、「能力不足」と片付けられがちだ。しかし、その背景には脳・神経の発達特性が関係していることも多い。適した環境では高いパフォーマンスを発揮できる人材が、現行の職場では「適応できない」と見なされてしまうケースも少なくない。
近年、企業の人材戦略として「ニューロダイバーシティ(脳・神経の多様性)」の活用が注目されている。特にIT・DX領域では、発達特性が高度な専門性につながる可能性が指摘され、採用やマネジメントの見直しが進みつつある。
本連載では、2024年秋に日本総合研究所の木村智行氏らが開始した「ニューロダイバーシティ・マネジメント」に関するPDCAの試みをベースに、企業の実践的な取り組みや課題を全5回にわたって掘り下げる。第1回は、人口の1割程度を占めるという「発達障害」の現れ方や、職場で直面する身近な問題のほか、社会では彼らの個性が必要とされる「仕事」が発掘され、注目を集めている実態について取り上げる。(取材・構成/ライター 奥田由意、ダイヤモンド・ライフ編集部)
時間が守れないのではなく
「記憶の仕方」に特性がある
「13時集合」と言われたのに、15時に来る人がいる。最後に聞いた「3」という数字だけが印象に残り、13時を15時(午後3時)に変換して記憶してしまうのだ。本人に悪気はないのだが、こうした行動が職場で繰り返されると「時間を守れない人」だと思われ、本人もそのことを気にして眠れなくなったり、遅刻のプレッシャーから失敗を重ねてしまったりする。
これは、職場における発達障害がある人の行動パターンの典型例だ。時間管理の困難さの他にも、マルチタスクが苦手、調整や折衝・交渉などの対人関係が苦手、具体性に乏しい指示内容は理解できない、やるべきことを忘れてしまうなどの特徴がある。
こうした人たちは普段の業務の中で、時間差でいろいろな指示を受けたり、取り掛かっている仕事の途中に割り込みがあったりすると、どれからどう手をつけていいか分からなくなったりする。一般のビジネスパーソンの感覚では「仕事ができない」と判断されがちだ。
しかし、これは「単なる脳・神経の特性によるもの」だと日本総合研究所創発戦略センターシニアデベロップメントマネジャーの木村智行氏は説明する。発達障害は脳・神経の発達に特性があり、その特性の度合いは一定ではない。
曖昧で漠然とした指示をうまく咀嚼できないと、仕事ができない、努力が足りないと見なされる人が多いが「ちょっと、あれをやっておいて」ではなく「いついつまでにこういう分析をして、結果をここに提出して」と具体的に伝えれば、時に特性のない人(定型発達の人)ができないような高度な作業を行えることもあると木村氏は言う。
実は、職場において発達特性の有無にかかわらず「部下の48%は上司の指示が曖昧だと感じている」という調査結果がある。「しかも上司はそれが問題だと思っていない。その証拠に、『上司の8割は部下との距離感が難しいと感じている』」(木村氏)。
誰しも職場ではコミュニケーションの困難さを抱えている。職場では、発達特性がある人の一部がその特性に苦労しながら、なんとか定型発達の人向けに最適化されたしくみに適応してサバイブする中で、特性が特に強い人たちが働く機会を得られていないのが現状だ。