帰ってから報告するよりもむしろ、鵜野さんなら現地の状況を見たいのではないかと思ったのです。

「さかんに報道されている秋田県のクマの状況を見てきました。ひとつの集落のまわりで、朝の2時間に10個体を見ました。今夜からまた行きます。秋田で起こっていることを、単なる大騒ぎで終わらせずにこの先の政策につなげるにはどうすればいいのか、考え続けています。どこかでお話しできませんか。」

「ぜひお話ししたいです。秋田県の状況は気にかかっています。でも朝に現地に着いていないと意味がないですよね。家族が仕事から戻り次第、相談してみます。」

 返信はすぐに届きました。さすが、来てほしいとはひとことも書いていないのに、現地に行くことが前提になっています。

 このあと午前3時に「これから一家で向かいます」というメールが入っていましたが、私はその頃すでに現地にいて、刈り入れの終わっていない水田に大きな単独のクマの影があるのを、雲間から時折こぼれる月明かりの下で眺めていました。

親子ばかりが出てくるのは
オスを恐れているから?

 夜半まで降り続いていた雨も小降りになり、朝には上がりました。集落の名前だけを伝え、あとは自分で探してくださいと伝えていましたが、9時頃になり、私が見ていたクマの親子の向こう側に鵜野さんの車が見えました。

 窓は双眼鏡の幅しか開いていませんが、小さなお子さんも、声を立てずに息を潜めているはずです。

 同じクマの親子を別の角度から見ていること、怪しまれないよう集落の人とは事前に話をしたことなどをメールで伝え、こちらも観察に集中します。

 近くで川の護岸工事のために重機が動き出しても、2組の親子のクマはコメを食べ続けていましたが、やがて林に姿を消していきました。

 ひとしきり見たあと、近くで昼食をとりながら情報を交わしました。

 この時、鵜野さんの口から「昼間に親子ばかりが出てくるのは、オスを恐れているからではないか」という言葉が出ました。

 先に水田に現れていた親子の母親が、近くで動き出した重機や人よりも、しきりに背後の林を気にしていたというのです。

 別の親子が出てきてからも、2組の親子は同じ水田でともに採食を続けていましたが、もしこれがオスであれば、子連れのメスはその場から逃げていた可能性が高いだろう、とのことでした。