クマの生態を知れば
行動の理由が解る

 ツキノワグマは出産後2年目まで、メスが仔グマを連れて歩きますが、オスがそれを発見すると、仔グマを殺してメスの発情を促す例が知られています。

 仔グマを連れたメスにとっては、オスに遭遇する危険性が高い山中で行動するよりもむしろ、人の生活圏のまわりで行動するほうが、危険性が少ないことを学習した可能性があるというのです。それがたとえ、人の目に触れやすい日中であったとしても。

 なるほど、何も知らずにみれば「白昼堂々と出てくる」「遠くに人の姿や重機があっても逃げない」といったことを根拠に、人に慣れたクマが出現したのではないかと判断しかねない場面ですが、生態を知ることで、クマの行動を読み解くことができます。

 夜間に水田に単独で出ていた大きなツキノワグマがオスではなかったかと考えられるのですが、その個体がいる間には親子は出てこず、明るくなってから出てきたことも説明できます。

書影『クマはなぜ人里に出てきたのか』(旬報社)『クマはなぜ人里に出てきたのか』(旬報社)
永幡嘉之 著

 それに、長く観察を続けてきた鵜野さんから教わることで、私自身が双眼鏡を手にする際にも、気づくことが増えていきます。

 同じころ、渡邉君からは、「ツキノワグマは出生数が少ないですし、仔グマは2年ほど母親に連れられて育ちますから、短期間に急激に増えることはありません。今年の行動が変化したと考えるほかないんです」と聞かされて、なるほどと納得しました。確かにその通りです。

 こうして、なぜ親子が日中に出てくるのかという疑問については説明できるようになりました。

 少し後のことになりますが、「鹿角市花輪のソバ畑で12個体の群れが目撃された」という情報も、群れで行動することはこれまで聞いたことがない、という専門家のコメントとともに報道されましたが、仔グマ2個体ずつを連れた4組の親子だったとすれば説明がつきますし、私自身もわずか1週間のうちに、1枚の田んぼに5個体がいる光景を3カ所で見ていたことから、その状況が理解できました。