【大人の教養】アメリカが仕掛けた「ソ連包囲網」、戦後世界史のターニングポイントとは?
「地図を読み解き、歴史を深読みしよう」
人類の歴史は、交易、外交、戦争などの交流を重ねるうちに紡がれてきました。しかし、その移動や交流を、文字だけでイメージするのは困難です。地図を活用すれば、文字や年表だけでは捉えにくい歴史の背景や構造が鮮明に浮かび上がります。
本連載は、政治、経済、貿易、宗教、戦争など、多岐にわたる人類の営みを、地図や図解を用いて解説するものです。地図で世界史を学び直すことで、経済ニュースや国際情勢の理解が深まり、現代社会を読み解く基礎教養も身につきます。著者は代々木ゼミナールの世界史講師の伊藤敏氏。黒板にフリーハンドで描かれる正確無比な地図に魅了される受験生も多い。近刊『地図で学ぶ 世界史「再入門」』の著者でもある。

戦後世界史を振り返る
1914~1918年の第1次世界大戦、1939~1945年の第2次世界大戦と、人類は二度にわたり未曾有の戦争を経験しました。これを受けて、第2次世界大戦後には新たな国際秩序が築かれますが、その枠組みは戦争中からすでに形作られ始めていました。
1939年の大戦勃発後、ドイツ・イタリア・日本などの「枢軸国」に対し、イギリスとフランスは宣戦しますが、対抗陣営はすぐには形成されません。アメリカも当初は中立でしたが、1941年にイギリスと「大西洋憲章」を発表。戦後の目標を示し、アメリカが反ファシズムの立場を明確にしました。
この憲章は多くの国々に支持され、1942年には「連合国」が正式に発足。これが戦後、国際連合へと引き継がれます。
しかしこの連携は長続きせず、アメリカとソ連の対立が再燃します。両国は戦前から関係が悪く、協力は共通の敵・枢軸国がいたためでした。脅威が去ると、再び緊張が高まります。
冷戦の始まり
ソ連は「解放」した東欧諸国で社会主義政権を支援し、影響力を拡大していきました。この状況をイギリスのチャーチルは「鉄のカーテン」と表現しました。
アメリカもこの動きに対抗し、1947年にトルーマン・ドクトリンを発表してギリシア・トルコへの支援を明言。同年、マーシャル・プランによる欧州諸国への経済支援も開始します。これに反発したソ連は共産党情報局(コミンフォルム)を結成し、モロトフ・プランをもとに経済相互援助会議(COMECON)を設立して対抗します。
転機は1948年、クーデタでチェコスロヴァキアが社会主義国家となった年です。同年、アメリカ主導で西側占領地において通貨改革が行われ、これに反発したソ連は西ベルリンを封鎖。アメリカらは空輸で対抗し、米ソ対立は一層深まります。
アメリカはトルーマン・ドクトリンを契機に社会主義の拡大を抑えようとし、この政策は「封じ込め政策」と呼ばれます。1949年に北大西洋条約機構(NATO)が結成され政策が本格化。1955年にはソ連主導のワルシャワ条約機構(WPO)も発足し、「冷戦」構造が確立されました。
鉄のカーテンと竹のカーテン
しかし、アメリカの「封じ込め政策」はあくまでヨーロッパに限ったもので、その効果は十分でなかったと言えます。ヨーロッパでは動きが止まったかのように見えたものの、アジアでは社会主義勢力の「攻勢」が相次ぎます。
まず、中国における第2次国共内戦で中国共産党が勝利し中華人民共和国が成立します(1949)。また、朝鮮戦争が休戦を余儀なくされ(1953)、ベトナムでのインドシナ戦争もホー・チ・ミン率いるベトナム民主共和国が優位のまま休戦を迎えます(1954)。
アジアでは社会主義勢力の動きが活発であり、資本主義陣営は守勢に回っていたと言えます。1949年にドイツは東西に分裂したまま各々が独立しますが、同様にアジアでも朝鮮半島やベトナムが分断されます。ヨーロッパでは東西に分かれての対立構図が成立しますが、アジアでは南北の対立が顕著となります。ヨーロッパが「鉄のカーテン」を境に分断が進みましたが、アジアでも同様に分断が進みます。こちらは、「竹のカーテン」と呼ばれました。下図(図99)を見てください。

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アメリカはアジアでの社会主義勢力の躍進と「竹のカーテン」の形成に、「封じ込め政策」からの転換を迫られます。これらと前後して、アメリカは各国とNATOに準じる安全保障機構を、世界各地で構築していきます。
NATOに先立ち、1948年にはボゴタ憲章により米州機構(OAS/アメリカ合衆国と中南米諸国による安全保障などを目的とした機構)、1951年には太平洋安全保障条約(ANZUS)と日米安全保障条約、1954年には東南アジア条約機構(SEATO)、そして1955年には中東条約機構(METO/1958年にイラクが脱退し中央条約機構[CENTO]に改組)など、世界規模で社会主義圏の包囲網を構築しようとしたのです。
(本原稿は『地図で学ぶ 世界史「再入門」』の一部抜粋・編集を行ったものです)