「1on1をしろと言われても、何を話せばいいのかわからない」。そんな戸惑いを抱えたまま、制度として導入している企業は少なくない。ヤフー(現・LINEヤフー)が2012年に導入し注目された1on1だが、本来の意義を理解しないまま、形だけで実施しているケースも多いのではないか。当時、ヤフーで上級執行役員を務めており、1on1の仕掛け人でもあった本間浩輔氏(現在はパーソル総合研究所取締役会長や朝日新聞社の社外取締役などを務める)は「ヤフーでは、1on1によって上長が部下の成長を支援し、『才能と情熱を解き放つ』ことも大切にしていた」と語る。それは一体どういうことだろうか。本記事では、本間氏の著書『増補改訂版 ヤフーの1on1 部下を成長させるコミュニケーションの技法』の内容をもとに解説する。(文/神代裕子、ダイヤモンド社書籍オンライン編集部)

「何を話すべきなのか」と迷った1on1
筆者が会社員で主任を務めていた頃、会社から「毎月1回30分、部下と1on1をする時間を取るように」とお達しが出たことがあった。
プレイングマネジャーだった筆者にとって、月1回30分とはいえ、6~7人いた部下全員と話す時間を確保するのはなかなか大変だった記憶がある。
苦労して時間を取った割には、何を話したらいいかわからないし、何を目指すべきなのかも、いまひとつよくわかっていなかったように思う。
1on1を意義のあるものにするには、どうしたらよいのだろうか。
そして、1on1を日本に広めたヤフーでは、一体何を目指して1on1に取り組んでいたのだろうか。
ヤフーが目指したのは「才能と情熱を解き放つ」こと
ヤフーに1on1を導入した本間氏は、「ヤフーでは、1on1によって上長が部下の成長を支援し、『才能と情熱を解き放つ』ことを大切にしていた」と語る。
非常に素晴らしい考えだが、「才能と情熱を解き放つ」には一体どうしたらいいのだろうか。
そのために必要なこととは何か。本間氏は次の3点を挙げている。
これについて、1つずつ見ていこう。
① いろいろな仕事を経験すること
本間氏は「日本には数万種類の仕事があると言われているが、一人の人が経験できる仕事はせいぜい1ケタだと思う」と語る。
もちろん、ヤフーのなかで数万種類もの仕事を用意することはできません。しかし、社外への出向も含めて、できるだけ多くの仕事を経験することが大切だと思っていました。興味がある仕事があれば、兼務によって経験をしたり、自分の意思で異動したりする制度もつくりました。(P.67)
本間氏は、「経験」を繰り返すことで、自分に合った仕事に近づき、そのことにより社員の、「才能と情熱を解き放つ」会社にしたいと考えたのだ。
そこで重要になるのが、上長と部下の間で、部下のやりたい仕事やキャリアについて話したり、上長が助言したりする1on1の場というわけだ。
② 上長や職場の仲間から観察してもらいフィードバックを得る
自分で自分の強みを即答できる人はあまり多くないが、「あなたの部下の強みは何ですか?」と聞かれたらどうだろう。
自分のことはよくわからなくても、周囲の人の強みは何となく把握していたり感じていたりするのではないだろうか。
たとえば、本人は「管理職に向いていない」と感じていても、周りから見ると素晴らしい管理職であるようなケースはよくあるに違いない。
「こうした『一人では気づきにくい強み』を発見する場として、1on1が活用できる」と本間氏は解説する。
本間氏自身も、人事の仕事についたばかりのころはしんどいことが多く、「前に担当していたヤフースポーツの仕事に戻りたい」と、当時ヤフーの社長だった宮坂学氏にぼやいたことがあるそうだ。
すると、意外にも宮坂氏から「いや、本間さんは人事のほうが向いてるよ」と言われたことで、人事を続けたのだという。
人は案外自分のことは知らない。でも、他人からは見えている。だからこそ、人が一人で成長することは難しいのだ。
③ ①と②を統合して自らキャリアを選ぶ
1on1で、上長から「どんな仕事をやりたいの?」と質問されたことがある人も少なくないだろう。
しかし、この質問の答えにより異動が決まることはそれほどない。
にもかかわらず、上長が部下にこうした質問をするのは、「やりがいを感じる仕事やその理由について内省することに意義があるため」と本間氏は語る。
キャリアについて一人で考えるのはなかなか難しいものだ。
だからこそ、本間氏は「上司が部下のキャリア自立のお手伝いをできるかもしれない、その場の一つとして1on1を位置付けている」と語っている。
1on1を「人生を賭ける価値のある仕事」を見つける一助に
様々な仕事を経験し、自分の強みを見つけ出し、意義や意味を感じられる仕事を自ら選んでいく。
確かに、それができれば、前向きにやりがいを持って仕事に向かうことができるに違いない。
1on1で部下がそのような仕事を見つけたり、方向性を見出せたりしたら、上司としても嬉しいだろう。
一方で、部下が望む仕事が社内にない場合も当然ある。
「だからといって、部下がチョイスしたい仕事を探索することから上長が逃げてはいけない」と本間氏は指摘する。
やりたくない仕事をしなければならない部下も不幸だが、やりたくもない仕事を渋々している社員を持つのは、会社にとっても不幸なことだ。
だからこそ、1on1での対話を通して、社員がやりたい仕事を見出していくことができるのであれば、1on1を行う意味は、とても大きいに違いない。