ヤギの性腺移植によって
赤ん坊が誕生!?

 もちろん、ときに思わぬ問題が発生することもある。ある日冒険心あふれる一団が、新しい性腺を移植してもらうために、カリフォルニアからどっとやってきた。

 この目的のためには、トッゲンブルク種のヤギをつかうのが1番だとブリンクリーは決めていたが、このたびやってきた患者たちは、もっと贅沢なアンゴラ種のヤギでお願いしたいという。気づいたときにはもう手遅れで、術後の患者たちの睾丸からは、目を見張るような強い香りが漂っていた。

 とはいえ、おおむねブリンクリーは成功を重ねていったといえる。ヤギの性腺移植によって、ミルフォードのビジネスマンと妻のあいだに無事赤ん坊が生まれ、夫婦は科学に敬意を表して、その子をチャールズ・ダーウィン・メリンジャーと名づけた。

 クリスマスになればブリンクリー夫妻はクリニックの屋上にあがり、地上で腕をのばす近隣住民に向かって、七面鳥、ガチョウ、アヒルの肉をぽんぽん投げていく。どれもオーブンで焼けばすぐ食べられるようにしてあった。

 そういった隣人愛にあふれる、地域社会に深く根ざした善行からすると、ブリンクリーには詐欺を働く気はなく、シュタイナッハ(編集部注:ウィーンの医師、オイゲン・シュタイナッハ。精管手術による「若返り術」の大家)、ヴォロノフ(編集部注:ロシア系フランス人医師、セルジュ・ヴォロノフ。サルの睾丸の人体移植を行う)、リッドストン(編集部注:イリノイ大学教授、フランク・リッドストン。人間の睾丸を自分に移植実験した)のように、自分の技術が本気で役立つと信じていたとも考えられる。