運転手の帽子を斜めにかぶり、目をきらきら輝かせるこの男を、患者たちは医師から送られてきたダイレクトメールで、あらかじめ知っている。そのメールにはミニー(編集部注:ブリンクリーの妻・ミネルヴァの愛称)の紹介もあった。

「もしミセス・ブリンクリーがあなたのそばに住んでいたら、庭で咲く美しい花々や、菜園で採れたトウモロコシを焼いたものを分けてくれるだろう。日曜日には、あなたの家まで大きな容器に入った手作りのアイスクリームを届けにいく。このアイスクリームがじつに美味い」といった具合だ。

 そして患者たちがバスから下りると、そこにミニー本人が、クッキーを焼くのが趣味ですという母親のような笑みを浮かべてクリニックのドア口に立っている。そうして、「まあまあみなさん、ようこそいらっしゃいました」と迎えるのである。

男の若さは性腺の若さ…
誰もが惹かれた“場末のフロイト”

 到着した患者は、「集合部屋」でスリッパとガウンを着用する。そこで初めて医師その人と対面するのだが、このひとときで、患者はもうすっかり信用してしまう。

 この時期の写真に写るブリンクリーは、ゴム縁の丸眼鏡をかけた小柄な紳士で、(ヤギにちなんだのか)顎髭を生やしている。小首をちょこんと傾げれば、知的な医師そのもので、ヨーロッパ人相手に堂々たる議論ができそうに見える。

インチキ手術で何十人も殺したニセ医者「ジョン・ブリンクリー」の正体同書より転載

 この外見に加えて、「あらゆるエネルギーは性欲である」とか、「男の若さは生殖腺の若さである」といった看板にしている理念が合わされば、場末のフロイトができあがる。

 しかもそれが完全なでたらめでもないのだ。個人の内面や集団心理といったものを、ブリンクリーは不思議と理解していて、それが成功に欠かせない重要な鍵となっている。男と女の関係より、男と男根の関係のほうが、悩みの根はずっと深いことがちゃんとわかっていて、その知識を徹底して活用する。これまた彼の大きな強みのひとつだった。