
「こんな法律なら、ない方がまし」――。第三者から提供された精子や卵子を使う不妊治療の制度を定める「特定生殖補助医療法案」が今国会に提出されたことを受け、当事者らから批判の声が上がっている。当事者というのは、精子・卵子を提供した人と、精子・卵子提供によって生まれた人だ。子どもの〈出自を知る権利〉の保障が法案の目的だが、現行案ではどんな問題があるのか。当事者らの切実な胸中を取材した。(ジャーナリスト 大野和基)
不妊治療に使う精子を提供した
90歳男性の後悔
「私は産婦人科医の息子です。父からは、不妊の夫婦が子どもを持ちたい切実な思いを聞かされてきました。青年時代、AID(非配偶者間人工授精)に積極的に協力したのは、その思いからです。〈出自を知る権利〉は考慮することなく、単純にAIDは望ましいことだと思ってきました」
こう告白するのは、64年前にAIDに協力し、精子を提供していた経験を持つ中田満義さん(仮名、90歳)だ。
「AIDを選択し、夫婦で子どもを育てた親御さんには心から敬意を表します。ただ、過去に精子を提供した者として今、思うのは、出自を明らかにしないAIDは子どもに不幸な思いをさせますし、提供者も無責任だということです」
「生まれた人が私を見つけてコンタクトを取ってくるなら、私はきちんとそれに答えるつもりでいます。が、その人は、私のことを知る術がありません。今となっては、そのようなAIDに協力すべきでなかったという思いがします」
2月、一般社団法人ドナーリンク・ジャパンなどによる、【本当に子どものため?特定生殖補助医療に関する法律案 国会提出を受けて】と題したオンライン・ディスカッションが緊急開催された。そこではAIDで生まれた人や精子提供者らが、それぞれの立場から法案について意見を交わした。中田さんも参加者のひとりだ。