心療内科やメンタルクリニック、精神科で処方されることも多い睡眠薬「ゾルピデム」(商品名マイスリー)が、「脳のゴミ排出システム」の作用を妨げ認知症につながる可能性を指摘した論文が、世界の医療界や製薬業界をざわつかせている。この分野の権威でデンマーク出身の神経科学者、マイケン・ネダーガード氏に話を聞いた。(国際ジャーナリスト 大野和基)
睡眠薬「ゾルピデム」(商品名マイスリー)が
「脳のゴミ排出システム」を妨げる可能性
――今年1月にあなたが世界最高峰の学術誌『CELL』に発表した論文が、医療界や製薬業界を騒がせていますね。どういう内容ですか。
有名な睡眠薬「ゾルピデム」(商品名マイスリー)が、「グリンパティック・システム」の作用を妨げる可能性を指摘しました。グリンパティック・システムを分かりやすく言うと、「脳のゴミ排出システム」のことです。このシステムがうまく機能しないと、脳のゴミ=たんぱく質「アミロイドβ」が蓄積されます。その状態は、アルツハイマー型認知症と深く関連することが分かっています。
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――脳のゴミ排出システムは、睡眠中に活性化するそうですね。
人間が目を覚ましている時、脳は周囲の状況を理解するために神経回路に100%集中しなければなりません。だから、脳の掃除ができるのは、睡眠中だけ。私たちは脳のために睡眠をとるのです。他の臓器も睡眠から恩恵を受けますが、寝ないと機能しない唯一の臓器が、脳です。睡眠不足だと、脳が機能しなくなります。あなたも心当たりがありませんか?
――はい、寝不足だと頭がぼーっとして、ひどい時は気づくと仮眠しているような状態に陥っている時もありますね。
ヒトは48時間以上寝なければ、幻覚が出てきます。それは統合失調症の一因になります。3日間寝ないことは不可能です。必ず途中で寝てしまいます。
私は自分を実験台にして24時間寝ない状態を試したことがありますが、元の正常な状態に戻るのに、2週間もかかりました。同様の論文はたくさん出ていますよ。
――脳のゴミ排出システムとアミロイドβ、認知症にはどのような関係があるのでしょうか。
脳の老廃物の蓄積が、アルツハイマー病やパーキンソン病、ハンチントン病などの神経変性疾患の特徴であることは疑いがありません。年齢を重なると、脳のゴミ排出システムがうまく機能しなくなります。そうすると脳を循環する髄液が停滞し、アミロイドβが蓄積し、凝集し始めます。部屋の隅にホコリがあると、それがさらにホコリを引き寄せますね。それと似ています。
この件に関しては数千もの論文が出ています。その半分は臨床に関するもので、加齢と神経変性と脳のゴミ排出システムの機能不全が、非常に直接的な相関関係があることを示しています。
――脳のゴミ排出システムをうまく機能させるために、睡眠や食事をはじめ、どんな生活をすると良いのでしょうか。