渡辺努 物価の教室Photo:Bloomberg/gettyimages

トランプ関税が、自由貿易を前提に築かれてきた世界経済の枠組みに大きな揺さぶりをかけている。各国・各企業が戦略の再構築を迫られる中、こうした関税措置は物価にどのような影響を及ぼすのか。自由貿易の歴史的な背景やインフレ率の推移を手がかりに、トランプ関税の本質的な影響を読み解き、今後の日本の物価動向を展望する。(ナウキャスト創業者・取締役、東京大学名誉教授 渡辺 努)

トランプ関税発動で
関税率は戦後最高水準へ

 トランプ大統領が4月2日に発表した関税引き上げは、対象国の広さも引き上げ幅も市場の予想を大きく超える内容だった。その影響で、世界各国の株式市場は軒並み大暴落。大統領自身も市場の反応に驚いたのか、発表から1週間後には当初の計画を大幅に後退させた。一方で、米中の対立は激しさを増しており、予断を許さない状況が続いている。

 図1は米国の関税率の推移を示したものだ。かつて関税は、徴税の容易さ故に、米国政府の主要な財源だった。1913年の所得税の導入を境にその依存度は多少低下したが、それでも10%を超える関税が続いていた。

 関税率の趨勢的な低下が始まったのは第2次世界大戦後のことで、特に80年代と90年代の低下は顕著だ。この時期は「グローバル化」の時代で、1989年のベルリンの壁の崩壊を契機に広がった「ワシントン・コンセンサス(自由貿易こそが世界経済の目指すべき方向)」の潮流とともに、WTO(世界貿易機関)をはじめとする制度の整備も進んだ。

 こうした中で、米国の関税率も顕著に下がり、2017年には1.4%まで低下した。ここが米国の関税率が史上最も低かった時期だ。

 しかしその後、第1期トランプ政権の関税引き上げで上昇し、今回の措置でさらに上昇している。トランプ大統領がこれまで公言してきた引き上げがどこまで実行に移されるかは不透明だが、Tax Foundationの推計によれば、関税率は11.5%と戦後最高の水準に達する可能性がある。