脳の神経細胞も、コンピュータチップによって置き換えることが可能になるかもしれない。このように、サイボーグ技術も不老長寿の実現に貢献しうる。

 では、不老長寿テクノロジーによって寿命が2倍、10倍と長くなるとしたら、それはわれわれにとってよいことなのだろうか。

 これまでに生じてきた寿命の延長がよいことであるのは、間違いないように思われる。乳幼児の死亡率が低下することによって、より多くの人が、本来生きられるはずの人生を実際に生きられるようになったからだ。しかし、テクノロジーがもたらす不老長寿は、やや性格が異なる。それは、「自然な」寿命を超えて人間を長生きさせるものであるように思われるからだ。

 そうだとしても、テクノロジーによる不老長寿にさまざまなメリットがあることは間違いない。もし、われわれの多くが人生は80年では短すぎると考えているのならば、それが100年、120年となることは、単純に喜ばしいことだ。

 また、現在研究されている不老長寿テクノロジーは、寿命を延長するだけでなく、老化を防止するものだ。これは健康寿命の延長につながり、この面でも、高齢者の生活は改善される(注2)。

 さらに、健康寿命が延長され、介護などを必要とする期間が短くなれば、社会保障費の抑制にもつながる。これは、高齢化が急速に進む先進国にとっては、とても大きなメリットだ。

 メリットはほかにもある。高齢者は経験が豊富で、その経験に基づくさまざまな知恵を持っている。寿命の延長によって、社会は、高齢者の知恵をいっそう有効に活用できるはずだ。

 別の興味深い指摘もある。

1000歳まで生きられるとして
食糧難や社会保障費はどうする?

 人間は、若者の方が高齢者よりも攻撃性が高い。そうだとすれば、平均寿命が延びて高齢者が社会の大半を占めるようになれば、社会はより平和になるかもしれない。このように、不老長寿には、社会にとってもさまざまなメリットがある。

注2 『永遠に美しく…』で主人公たちがさまざまなトラブルに巻き込まれたのは、映画に登場する秘薬が不死をもたらすものの、不老をもたらすものではなかったからだ。この点で、現実の不老長寿テクノロジーは、映画の秘薬より望ましいものなのだ。