「2023年1月2日、ボストンから成田までの13時間のフライトを終え、空港の自動販売機で水を買おうとしたときのことです。日本の自動販売機の使い方がわからず、困り果てていると、そこにたまたま通りがかった人が『何を買いたいの?』と私に話しかけてくれました。『水を買いたいんです』と言うと、その人は何も言わず、自分のお金を使って私のために水を買ってくれたのです」

 学生たちの記憶に残っているのは、こうした日本人の方々から受けた小さな親切の数々なのです。今回の実習で日本人の思いやりや気遣いの素晴らしさを日本で直接、経験できたことは、学生にとっても幸運なことだったと感じています。

日本の「調和力」は
イノベーションの要になる

佐藤 カザダスス=マサネル教授は2023年の秋学期から日本での現地実習「ライジング・サン・ベンチャーズ:日本の起業家精神の探求」を担当する予定だと聞いています。なぜ「ライジング・サン・ベンチャーズ(日の昇る国のスタートアップ企業)」という講座名にしたのですか。また、現地実習ではどのようなことを学ぶのでしょうか。

カザダスス=マサネル 近年、日本のスタートアップ市場は著しい成長を遂げており、2021年に国内のスタートアップ企業が調達した資金の総額は7800億円(出典:INITIAL)にものぼります。

ハーバード大教授が日本で研修を行う理由、学生が感動した日本人の「言動」とは?〈注目記事〉ラモン・カザダスス=マサネル教授 (c)Russ Campbell

 最先端のロボティクスからテクノロジーアート、ビッグデータ、ナノデバイスまで、多種多様なビジネスを展開する日本のスタートアップ企業は、伝統的な企業とは違った方法で革新的な事業を創出する重要な拠点となっています。また大規模な資金が投資されたことによって、市場全体が活況化し、優秀な人材がどんどんスタートアップ市場に流入してきています。

 このような急速な市場の成長を象徴するような講座名にしたいと思い、「ライジング・サン・ベンチャーズ」と名付けたのです。

 2024年1月には、学生とともに再び日本を訪問し、できるだけ多くのスタートアップ企業を視察する予定です。この授業の主題は2つあります。

 一つは、日本のスタートアップ市場の課題とビジネスチャンスの両方を直に学ぶこと、そしてもう一つは、「デジタルとアナログ」「伝統と革新」「ビッグデータと人間性」といった相矛盾する要素を組み合わせることによってイノベーションが生まれることを、日本企業の事例から学習することです。

佐藤 カザダスス=マサネル教授はハーバードビジネススクールの中でも日本や日本企業について特に熱心に研究を行っている教員の一人です。日本のどういうところに魅力を感じているのでしょうか。

カザダスス=マサネル 私が何よりも魅力に感じているのは、日本の社会に根ざしている「細部にまでこだわり、完全なる美を追求する文化」です。折り紙や茶道具などの工芸品は、まさにその象徴といえるでしょう。こうした文化は、伝統工芸にとどまらず、技術、デザイン、ビジネス手法など、あらゆる分野に浸透しています。

 日本企業の役員や社員の方々は、綿密な計画を立案し、効率的なオペレーションを実施し、物事を正確にきっちりと進めようとしますが、この商慣習の背景にも、「細部にまでこだわる文化」があると感じています。日本企業の綿密性、効率性、正確性を重視する文化には感銘を受けるばかりです。

 また、日本社会が持つ「相異なる要素を調和させ、包含する能力」にも感服しています。「伝統と革新」「礼節と奇抜」「喧騒と静寂」「階層と平等」「高い勤労意欲とワークライフバランス」「ミニマリズムとモノであふれた空間」――。一見、真逆に見える2つの要素を共存させているのが日本文化の魅力だと思います。