「え、こんなに稼いでるのに…?」ダイヤモンド大国・ボツワナの“不思議な貧困”
「経済とは、土地と資源の奪い合いである」
ロシアによるウクライナ侵攻、台湾有事、そしてトランプ大統領再選。激動する世界情勢を生き抜くヒントは「地理」にあります。地理とは、地形や気候といった自然環境を学ぶだけの学問ではありません。農業や工業、貿易、流通、人口、宗教、言語にいたるまで、現代世界の「ありとあらゆる分野」を学ぶ学問なのです。
本連載は、「地理」というレンズを通して、世界の「今」と「未来」を解説するものです。経済ニュースや国際情勢の理解が深まり、現代社会を読み解く基礎教養も身につきます。著者は代々木ゼミナールの地理講師の宮路秀作氏。「東大地理」「共通テスト地理探究」など、代ゼミで開講されるすべての地理講座を担当する「代ゼミの地理の顔」。近刊『経済は地理から学べ!【全面改訂版】』の著者でもある。

ダイヤモンド国家の意外な悩みとは?
アフリカ大陸に属する54カ国のうち、国民1人当たりGDPを順に見ていくと、セーシェル、モーリシャス、ガボンの次にボツワナが登場し、以下、赤道ギニア、南アフリカ共和国、リビアと続きます。さて、ボツワナという国を皆さんはご存じでしょうか?
ボツワナはアフリカ大陸南部に位置する内陸国で、南アフリカ共和国の北隣にあります。入ってくる情報が少ないこともあって、一般的に感覚距離が非常に大きい国ではないでしょうか。
ボツワナの輸出品目を見てみると、1位ダイヤモンド、2位機械類、3位銅鉱、4位生きた動物、5位ソーダ灰、6位金(非貨幣用)、7位鉄鋼、8位石炭、9位野菜・果物となっています。中でもダイヤモンドの輸出割合がおよそ90%と高いことから、ボツワナはダイヤモンドのモノカルチャー経済(国内の生産や輸出が、数品目の一次産品に大きく依存している経済)を採っている国であるとわかります。
ボツワナは国民1人当たりGDPが7738ドル(2022年)と中所得国として認識されています。石油資源が豊富なリビアが5951ドル、アフリカ最大の工業国である南アフリカ共和国が6766ドルですから、ボツワナは想像以上に豊かといえるでしょう。
ボツワナの経済成長は、政治的安定性とダイヤモンド産業の2つに集約されます。ボツワナは1966年にイギリスから独立します。戦争や内戦を経験していないため、平和裏に独立を果たしました。その傾向は現在も続いていて、政治的安定性が非常に高い国なのです。「議会の合意形成が遅い! 」と揶揄されるほどに汚職には厳しい国といわれています。
ダイヤモンドの枯渇リスク
ダイヤモンド鉱床は1967年に発見されました。以後、ボツワナのダイヤモンドは国家の経済を左右するほどの地位を占めていることは、先述の輸出統計からもわかります。
ダイヤモンド産業は、南アフリカ共和国のデビアス社とボツワナ政府が半分ずつ出資して設立されたデブスワナ社という企業が牽引しています。ダイヤモンドは希少な鉱産資源です。そのため、世界各地で鉱山開発が急増することはなかなか考えられません。しかし、枯渇の心配はあります。2050年頃には限りなく枯渇に近づくのではないかといわれています。そのため、ボツワナはダイヤモンド産業以外の他産業の成長が課題といえます。
3つの「地理的悪条件」とは?
ボツワナの経済を安定化させるためには、経済の多角化を進展させることが今後の課題です。ボツワナの経済の多角化は、早い段階から進められていましたが、大きな成果があがっているとはいいがたいところがあります。地理的な理由は主に以下の3つです。
1つ目に、これはダイヤモンド産業の牽引によって、アフリカ近隣諸国に比べて国民の賃金水準が高いことが挙げられます。
2つ目に、内陸国だということ。内陸国は、輸出において圧倒的に不利です。陸上輸送は輸送コストが高くなります。そして鉱産資源のような一次産品は単価が安いことから、輸送コストの小さい船舶を利用するのが一般的です。3つ目に、人口がおよそ248万と、国内市場が非常に小さいことが挙げられます。これでは、製造業などの外国資本が工場進出するメリットがほとんどありません。外国資本の導入で成功した国のほとんどが、輸出志向型の工業発展を採用していました。韓国や台湾、ホンコン(香港)、シンガポールのアジアNIEsが典型例です。そのためボツワナに進出する外国資本がほとんどないのです。
また、南アフリカ共和国と関税同盟を結んでいるため、国内では南アフリカ共和国資本が強いのです。しかし南アフリカ共和国資本といえば、ボツワナからすれば外国資本です。これがボツワナでの地場産業が成長しない最大要因となっています。
牛肉、観光、金融などの部門にも力を入れていますが、いまだダイヤモンド産業に次ぐ産業に成長しているとは言いがたい現状です。
そのため、銀行は民間企業への融資機会が非常に少なく、個人消費者向けの融資が6割を占めています。中所得国の割に金融部門が弱いのです。
資源大国は、豊富な資源を背景に経済成長します。しかしそれを背景にした経済成長を続けると、輸出が促進して自国通貨が高まり、主力資源以外の輸出品の国際競争力を失うことになります。資源大国には資源大国なりの悩みもあるのです。
(本原稿は『経済は地理から学べ!【全面改訂版】』を一部抜粋・編集したものです)