世間では「働き方改革」とかいわれているけれど、ぼくの会社は「昭和」から抜け出せていない。
早出、休出、深夜残業、サービス残業。そしてパワハラ、セクハラ、カスハラ。
どこにでもいる平凡な会社員の日常を描いた、5分で読める気軽なショートストーリーです。
通勤中や休憩時間に読んで、クスっと笑ったり、ホロっと涙ぐんだりしてください。
(この記事は、『ぼくは今日も定時で帰る。仕事に疲れたあなたを癒す44の物語』まひろ(ダイヤモンド社)からの抜粋です)

【ショートストーリー】「残業沼」にハマった彼女Photo: Adobe Stock

周りの手助けがないと抜け出せない

背筋が凍りついた。異動先の職場で。
新しく任されたチームの空気がよどんでいる。

(…あの子、変だな)

特に気になるメンバーが1人。
2年目の若手・Uさん。

一見すると元気そうだけど…目が笑っていない。
ぼくはその理由をすぐに思い知った。

赴任して1週間後。
さっそく22時まで残業する。

最後まで残っていたのはぼくと彼女だけだった。

「Uさん、そろそろ帰ろうか」
規則でこれ以上はオフィスに残れない。

すると…何気ない彼女の返事にぼくは度肝を抜かれた。

「私はまだ働きます。お先にどうぞ」
「え? もう10時だよ」
「明日までに必要な資料があるので。気にしないでください」

まさか…本気か?
「そういう問題じゃない。残った分は明日やろう」

彼女は寂しげに笑った。
「無理です。明日もやることがあるんです。今日中にやらないと…」

…背筋がゾッとした。
明らかに様子がおかしい。

「とにかくまだ働きます」
「ダメだ。帰ろう」

けっきょく僕らは30分以上夜更けのオフィスで押し問答を繰り広げて…何とか無理やり帰らせた。

次の日。
彼女のOJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)を担当するアラサーのYくんに声をかけた。

「…Uさんのこと、何か思い当たるかな?」
「すいません…」

Yくんはポツポツと話し始めた。

Uさんは優秀ゆえに課でNo.2の顧客を2年目から任された。
YくんがOJTとしてフォローしないといけないが…

「申し訳ありません。ぼくも余裕が無くて…十分なフォローができていませんでした」

彼自身もNo.1とNo.3の顧客を担当して激務をこなしていた。やむなく見て見ぬふりをしてしまった、と。

Yくんを責める気にもなれなかった。

改めてUさんからも話を聞く。

「がんばっても業務が終わらない」
「家に仕事を持ち帰っている」
「土日も資料を作っている」

それでも…「私の仕事が遅いからです」と弱音をはかない。…胸が痛かった。
明らかに感覚が麻痺している。

すぐに上司と相談してUさんの役割を見直した。

「若手だから」と分担された雑用。
「経験のため」と任された小さな顧客。

まだ余裕のあるメンバーに担当を振り替える。
OJTのYくんも担当を減らして彼女をサポートしやすくした。

業務を減らすことをUさんに伝えると
「引き継ぎが大変なので…今のままで大丈夫です」

彼女は変更を渋ったけれど無理やり業務を引きはがした。

Uさんは担当を減らしたあとも…油断すると遅くまで働こうとした。
無理やり一緒に帰り続ける。

そして3ヵ月が過ぎたころ変化が現れ始めた。

「お笑いライブに行ってきます」
「東京から友達が来たので」

早く帰る日が増えてくる。

残業中に「大丈夫?」と聞くと「ちゃんと帰りますから」と笑顔で返してくれる。
何より目に光が戻った。

このときの経験は、ぼくに衝撃をもたらした。

残業が当たり前になると
容易には抜け出せない
周りの手助けが必要だ

困ったら助けを求めよう。
できるなら追い込まれる前に…
日々の自分を整えていこう。

そして身近な人が“働きすぎだ”と感じたら、手を差し伸べることも大切だ。

Uさんが立ち直るまでの3ヵ月。
常に彼女を見守れるほどに働きすぎていた自分への自戒を込めて。

(この記事は、『ぼくは今日も定時で帰る。仕事に疲れたあなたを癒す44の物語』まひろ(ダイヤモンド社)からの抜粋です)