こうした種々の決定を積み重ねた組織の歴史を通じて、目的達成の道具であった「組織」は特定の価値に対してコミットすることになり、そうした価値が持ち込まれた自然発生的な「制度」となっていくことを、セルズニックは制度化と呼んだ。

 セルズニックは、「制度」を、社会からの要求に反応して特定の諸価値に対してコミットした、独特のアイデンティティを有する、ある種の有機体として捉えている。

稲盛和夫が「全従業員の幸福を追求」を
経営理念として掲げるようになったワケ

 ここで、経営理念を軸に経営を行った稀代の名経営者である稲盛和夫による制度化の事例を取り上げてみよう。稲盛氏は、自らの技術を世に問うために、京セラ(当時の名称は京都セラミック)を1959年に創業した。

 創業の狙いからすれば、稲盛氏にとって京セラは「組織」だったといってよいだろう。

 創業3年目でまだ同社の規模が小さい頃に、若い高卒社員11人が定期昇給やボーナスなどを求める要求書を稲盛氏に突き出した。彼らは「認めてくれなければみんなで辞めます」と迫り、稲盛氏は3日間にわたり自宅で彼らとひざを突き合わせて交渉を行った。

 この体験をもとに、稲盛氏は「全従業員の物心両面の幸福を追求する」という経営理念を掲げるようになった。

 さらに、社会の1員としての責任も果たす必要があると考えて、「人類、社会の進歩発展に貢献すること」を加えたものが同社の経営理念となり、現在(2024年9月時点)でも同社の経営理念として維持されている。

 この出来事を後に振り返り、稲盛氏は「私の理想実現を目指した会社から全社員の会社になった」と書いているが、まさにこれは「組織」が「制度」と化したことを示しており、稲盛氏はこの出来事において制度的リーダーシップを発揮したと言えるだろう。