資本主義の仕組みの中での
マイクロファイナンス事業

――マイクロファイナンス機関が営利企業であることや株式を上場することの意義も、本書では説かれています。

 マーケットリーダーのポジションを得ようとすると、資金が多く必要です。かつてはマイクロファイナンス機関は多額の寄付を得て事業ができたので、非営利企業がマーケットリーダーのポジションに就くことができました。

 しかし今日、マイクロファイナンスの会社に寄付する人は少なくなっているので、結果的に営利企業にならざるを得ないのです。かつて非営利企業が採算度外視でやっていた事業を、今日では営利企業が規模の経済を生かして利益を出しながら、継続しています。

 株式を上場すると、いろいろな方が株主になりますから、それによって短期的な利益追求のプレッシャーは出てくると思うのですが、金融機関は上場すると、特にマイクロファイナンス機関などでは、外部からの借り入れコストが下がるのです。そうすると(資金の)仕入れコストが下がる分、顧客にはより低価格でサービスを提供できます。社会的インパクトと経済的リターンを両立させやすくなる可能性が高まると考えています。

――マイクロファイナンス事業に寄付金がかつてのようには集まらなくなったのは、(連載1回目で)お話されたように、人々の関心が地球環境保全などのほうに移っているからですか。

 理由は複数あると思います。寄付しようと考える人々の関心が他に移っていることは1つの理由です。また、途上国でのマイクロファイナンス事業がある程度利益が出るようになってきたので、寄付者の方々もマーケットで解決できない領域に給付を回そうとなりがちなのだと思います。

――本書を読むまで、ムハマド・ユヌスとグラミン銀行が2006年にノーベル平和賞を受賞して以降のマイクロファイナンスの発展は知りませんでした。ただし、発展したけど、失敗もあったのですね。

 マイクロファイナンスの会社が上場した後、いろいろな問題が起きました。まず、一部の投資家が上場によって大金を得ました。それが良いか否かで議論になりました。「貧しい人々のため」といってやっている事業で、巨額の富を得ることは正当化されるのかの議論です。ダメだと主張する人もいますが、私は良いのではないかと思っています。

 資本主義の仕組みがそもそもそうなっているのです。社会的価値がある事業を行えば、そのお客がどういう人であれ、その会社には高い値段がつく。そして、会社の所有者がお金を手にするというのが、今日の社会の仕組みなのです。

 このことに関しては、手にしたお金を当人がどう使うかが重要ではないでしょうか。たとえばマイクロソフトの創業者ビル・ゲイツのように、手にしたお金の多くを社会的なものに使うのであれば、そんなに批判されるべきではないと考えます。

 しかし、マイクロファイナンス事業で得たお金を私利私欲の贅沢三昧に使い、途上国の普通の人々の感覚を忘れ、良い商売ができなくなったケースがありました。これが失敗例の一つ目です。

 二つ目の失敗例は、上場前後に出資した新たな投資家に経営をコントロールされてしまい、顧客を搾取することに走ってしまったマイクロファイナンス機関が複数ありました。これがより大きな問題でした。借金返済を厳しく迫られた顧客の中から自殺者が出る問題が起き、今も残ったままです。この失敗からの教訓は、資本構成について、マイクロファイナンス機関は他産業以上に気をつけなければいけないということです。

 投資家が悪いと言っているわけではありません。投資家は、集めたお金で投資リターンを得ることが使命なので、投資先により多く稼ぐことを要求します。ただし、そういう人たちとマイクロファイナンス事業は相性があまり良くないということなのです。

 長期で事業や投資を考えるのであれば、過剰にアグレッシブな経営は悪評につながるので、やらないものです。ただし、上場するなどで資本を多く集めようとすると、短期で利益を生むことや株価を上げることを要求する投資家が株主になる可能性は高まるわけです。

――貴社は株主や投資受け入れ先を選ぶ際には、そうした点の見極めを慎重にしているのですか。

 当社は、応援してくださる良心的な投資家に恵まれています。将来、上場するかもしれませんが、資本構成については慎重に対処していきたいと思います。

 「そんなことできるのか」といわれるかもしれませんが、たとえば米国のバークシャー・ハザウェイのように、長期投資株主を集めることに成功している会社は現存するので、不可能ではないはずです。株主が長期目線になってくれれば、社会的価値と経済的価値のバランスはとりやすくなります。

*連載3回目は、明日公開予定です。

『世界の貧困に挑む』著者、慎泰俊氏インタビュー。「途上国でマイクロファイナンスがなぜ必要で、その事業はどうすれば持続可能か」。
慎泰俊(しん・てじゅん)
1981年東京生まれ。朝鮮大学校および早稲田大学大学院ファイナンス研究科卒。モルガン・スタンレー・キャピタル、ユニゾン・キャピタルを経て、2014年に五常・アンド・カンパニーを創業。途上国における金融包摂に従事している。認定NPO法人Living in Peace、日本児童相談業務評価機関を共同創設。『ルポ 児童相談所』(ちくま新書、2017年)、『外資系金融のExcel作成術』(東洋経済新報社、2014年)、『ソーシャルファイナンス革命』(技術評論社、2012年)など著書多数。