平山賢一(ひらやま・けんいち)
東京海上アセットマネジメント 参与 チーフストラテジスト。埼玉大学大学院人文社会科学研究科博士後期課程修了、博士(経済学)。東洋大学・学習院女子大学非常勤講師、明治大学 研究・知財戦略機構客員研究員。約35年にわたりアセットマネジメント会社においてストラテジストやファンドマネジャーとして、内外株式・債券等の投資戦略を策定・運用。運用戦略部長、執行役員運用本部長(最高投資責任者)を経て現職。『金利史観』、『振り子の金融史観』、『戦前・戦時期の金融市場』(令和2年度証券経済学会賞)、『日銀ETF問題』、『オルタナティブ投資の実践』(編著)、『物価変動の未来』、『金利の歴史』、『物価の歴史』など著書多数。
トランプ新政権、日銀の利上げ、日本の巨額政府債務などで不確実性が高まる中、市場の乱高下に右往左往しないために長期視点で金利や物価を考えることを提唱する『金利の世界』と『物価の歴史』の著者で、東京海上アセットマネジメント・チーフストラテジストの平山賢一氏にインタビューした。連載3回で送る第1回は、希少性がお金から情報へと移行する資本主義の構造転換と、その揺り戻しとしての振り子現象の分析についてです。(取材・文/ダイヤモンド社 論説委員 大坪 亮、撮影/鈴木愛子)
賢い個人投資家の
キャピタル・フライトか
――『金利の歴史』と『物価の歴史』(共に中央経済グループパブリッシング)という2冊の歴史本を読む今日的な意義を伺いたいと思います。最初に、この2冊で伝えたい要項を教えてください。
両書では、歴史に軸足を置き、フレーミングを変えると、それまで見えなかった事実が浮かび上がってくることを示しています。
今日、政治や経済などいろいろな面で不確実性が増しています。本書に即して言えば、日本の金利は20年以上にわたって低利で安定していましたが、今後は不安定になると見込まれます。その理由は後ほど述べますが、乱高下に右往左往しないため、『金利の歴史』では超長期的な目線で、国債利回りの立ち位置を考えました。
一方、物価は、トランプ政権で予想される米国の関税引き上げにより、不透明感が増しています。金利と同様に、物価も冷静になって動向を把握することが大切です。そのためには超長期のインフレ率の変化を見ることです。
また、物価と裏腹の関係にあるのが通貨価値です。『物価の歴史』では、歴史的な視点で通貨制度の位置付けも確認しています。
――金利と物価の動向において、平山さんが特に今、注視していることは何ですか。
金利については、日本やスイスなど一部地域において、長期金利(国債利回り)の2%割れが続いていることの意味です。
また、巨額となった日本の政府債務の行く末が懸念され、それは金利の動向に大きな影響を与えると思っています。
世界的・歴史的なパースペクティブにおいては、物価と通貨制度の関係性に関心をもっています。
なお、これからお話しすることは、私の個人的な考察であり、私が所属する組織の意見を表明するものではありません。
――前半では、主に『金利の歴史』について伺います。執筆動機を教えてください。
金利についての関連書籍を単著では3冊書きました。2001年4月に『金利史観』、2008年3月に『振り子の金融史観』、今回3冊目で2024年11月の『金利の歴史』です。それぞれの経済環境を背景とした執筆動機があります。
2001年にはほとんどの人が「金利は低すぎる。近々、金利は上がる」と言っていました。これに対して私は、「歴史的には2%が続くことはよくある」ということを書きました。
2008年の『振り子の金融史観』の時にはグローバリゼーションがそれ以前に増して進んでいて、多くの人は「世の中は効率的になり株式市場も安定的に上昇する」と構えていました。しかし私は、「ポリティカルな部分でマイナス面、分断の世界が来るのではないか。そうなったら金融市場は不安定になる」と論じました。
――実際、米国で2008年9月にリーマン・ショックがあり、以降、世界的に低金利が長期に続きました。
過去2冊の書籍では、それぞれの時代の通説に対峙する考え方を、歴史を通して提示してみたかった。今回の本書、『金利の歴史』も同様です。
――その問題意識はどこから来るのですか。
金融市場で予測を生業(なりわい)としているので、他の皆と同じことをやっていると儲からないから(笑)。市場の流れと異なるスタンスで物事を考えるようにしています。
30年以上前、社会人になった頃に私が最初に研究したのは、行動ファイナンスです。当時1980年代末には、効率的市場仮説、つまり市場の参加者は合理的に行動するというのが主流の考え方でした。それに異を唱えて「人の感情が行動に影響を与える」と論じる行動ファイナンスに関心を持ったのです。
当時、社会人大学院の修士課程で研究した頃は、新古典派経済学の大御所の先生方に「そんなものは経済理論でない」とも言われましたが、その後だんだんと支持が広まっていきました。2002年にはこの分野の創始者であるダニエル・カーネマンがノーベル経済学賞を受賞しました。
――その後の博士課程では歴史研究をテーマに論文を書くのですね。
その博士論文を基に、2019年に書籍『戦前・戦時期の金融市場』を著しました。第2次世界大戦前から戦時期にかけて1924年〜1944年の日本の金融市場を分析しました。書籍では補論を「1940年代化する現代の債券・株式市場」と題して、当時と今日の状況の類似と相違を考察しました。
――数百年の歴史の視座からは、日々のマーケットを追っていると目に入らないものが見えてくるのでしょうか。
本書『金利の歴史』は、「金利とは何か。それは必要なのか」という「そもそも論」から考えています。古く遡ると、金利の徴収が禁止されていた歴史があります。多くの人は、イスラム教の世界では金利徴収は禁止(徴利禁止)と思い込んでいるかもしれませんが、キリスト教の世界でも旧約聖書に基づき禁止されたということを本書では書きました。
その時点から見ていくと、金利が容認される時代と禁止される時代は歴史的には振り子のように動いていたことがわかります。今日の私たちは金利を前提にした社会にいるけれども、数百年間のパースペクティブからは、金利のあり方を疑ってみた方が良いのではないかと思います。ましてや利率の振れ幅は一般の想像以上に大きいのです。
――本書は通説が打ち壊されることの連続です。それは序章から始まります。日本において定期預金の金利では1950年から今日までの長いレンジなら物価上昇に勝てているというデータには驚かされました。普通預金はインフレ率よりも低い利率なので預金が目減りしてしまうけど、定期預金の金利はその期間トータルではインフレ率よりも高く、目減りはしない。世の中では「(目減りを防ぐために)預金から投資へ」という掛け声が大きいですが、預金の種類と期間の捉え方でそれは必ずしも正しくない。これは意外でした。
通説を疑う意義の象徴として、序章で書きました。定期預金は個人にとって資産運用の王道です。リスクの高い株式に資金を集中させなくても、高すぎるインフレ率の時期を除けば、定期預金で目減りを防げたのです。そうした選択をしていた個人の投資家は、1950年から今日までのレンジでは正しかったということになるわけです。
ただし、日銀が2013年4月から始めた大規模な金融緩和政策、いわゆる(第2次)アベノミクス以降、定期預金では目減りしてきました。
80年足らずの期間においても、金利水準は大きく変動する。もっと長い歴史を俯瞰すると、今日の常識は危ういものであることがわかります。
また、この事実から、個人投資家は賢い、ということも伝えたかったのです。
私が90年代頭にファンドマネジャーになった時、最初に上司から言われたのは「街に出て、個人がどう考えているかを知ってこい」でした。
当時は、金融債を発行することで資金を集める長期信用銀行が存在し、90年頃には8%クーポンの5年金融債に基づく金融商品「ワイド」が大人気商品でした。その商品を購入するために、個人投資家は銀行の前に行列を作りました。私も上司から「(自社でも)買いまくれ」と言われて数千億円の金融債を買いました。その後、バブル崩壊で低金利時代に入ります。つまり、高い固定金利の金融債の購入は大正解となったのです。
――個人の投資家は目端が効くのですね。
その経験もあって、個人投資家が今、海外投資に動いているのは、何か示唆することがあるのかなと思うのです。昨年から新NISAが始まって、毎月多くの個人資金が海外投資に回っているのは、一つのソリューションとして合っているのかもしれない。
いわばキャピタル・フライトですね。過去、多くの識者がその警鐘を鳴らしてきたけど、なかなか顕在化しなかったのに、今、起きている。こんなに円安なのに、それでも海外投資が続いているのには、何か意味があるかなという気がします。
――なぜ個人は賢い行動を取れるのでしょうか。
個人の嗅覚というか。まっさらな頭で何が得かを考えられるのでしょう。
これに対して、機関投資家は会社の会議で決めることや、自分のプライドが邪魔してしまうという面があります。他者や競合の動きを見過ぎるとか、過去の経験則で投資するとか、いろいろなバイアスがある。
個人はもっとフラットに状況を見ている。だから、個人投資家の動きは謙虚に受け止めていく必要があると思います。
――バイアスを排して、事実をフラットに見ることが肝要なわけですね。
そう考えると、金利についても、日本では2%を割ってから20年以上経っているファクトを重視する必要があると思うのです。
本書で詳述しましたが、数百年にわたる歴史を振り返ると、金利の下限は2%というのが1つの常識でした。しかし、2%割れが20年も続くとか、マイナス金利が現実化したとかなどは、何か世の中が大きく変わってきていることの兆しではないでしょうか。