「人間は知識じゃないよ。何でも知ってるってことは人間にとって大事なことじゃないよ」
と言っていた。でもいろんなことを知ってる人がそれを言うならいいけれど、知らないで言うのは言い訳みたいでよけい軽蔑したくなってしまうのだ。
そのテストを彼(編集部注/和田誠氏)にもやったら、彼は合格した。そして、
「その程度のことなら誰だって知ってるよ」
と言った。彼は、
「うちにお嫁に来ない?」
と言った。
デートらしいデートもしていない頃だった。それなのに私はすぐ、「うん」と言ってしまった。普通だったら「考えさせて」とかもったいぶってもよかったのに、私はカッコつけなかった。もう少しカッコつけて悩ませてやればよかった。
彼は私のことを「レミちゃん」と呼んでいたが、私が「うん」と言ったとたんに次の会話から、「レミ」と呼びすてにするようになったので何て図々しい人だろうと思った。
彼は私の過去のことをきかなかった。私の過去のボーイフレンドのことなどきこうともしなかった。私が逆に「何できかないの?」ときいたら「どうでもいい」と答えた。
結婚式もしなかった。もちろん結納などの手続きも一切なかった。私が持ってきたのはパンツ3枚とパジャマを入れた紙袋だけだった。肉を高級スーパーで奮発して買って、私がステーキを焼いて、彼がシャンパンをあけて結婚行進曲のレコードをかけ、2人で乾杯。2人だけの結婚式。
そのときはじめて、あ、結婚しちゃった、と思った。そして挨拶状を出した。
料理がおいしいかどうかは
高い材料よりベロの感覚
拝啓
永らく絶望視されておりましたが、47年12月30日、わが家に嫁さんが来ました。式、披露宴その他は面倒くさいので省きましたが、当人同志はうまくやっております。
お知らせが遅くなって失礼いたしました。ご容赦ください。 和田誠
令夫人になりました。
たった5回のデートで決めちゃうのはカケみたいだけど、どうせ結婚なんてカケなので、この人にカケてみようと思います。電話もカケてくださいね。 レミ(旧姓平野)