突然キスを迫られた瞬間に
思わず言ってしまったこと

 私たちは日劇の前を通り、いつも乗る有楽町の駅を通りこし、日比谷公園の前を通って皇居まで歩いた。私は「今日、これから何かが起こる……」と思っていた。

 皇居前広場のベンチに座ったとたん、ぱっと彼の顔が近づいてきた。

 もう少しでキスになるというところで黒豆のにおいがした。お正月の感じだった。それで、

「黒豆食べた?」

 と私は彼にきいた。そしたら、

「うん、食べてきたよ」

 って彼は言った。

 ムードなんてぜんぜんなかった。

 次のデートのとき、おんなじ場所へ行った。

 そして同じベンチに座ったら、またぱっと彼の顔が近づいてきた。今度はこげたパンのにおいがした。私はまたきいた。

「こげたパン食べた?」

 そしたら彼はびっくりしてしばらく黙っていた。そして、

「今日来るとき食べてきた」

 と答えた。

 こんなふうに、私の嗅覚が発達しすぎていたせいで、いつも何だか動物みたいな感じ。いま思うと、料理の世界に入るベースがこの頃にはもうできてたみたい。

 そのへんまでが私の手さぐりの時代。恋愛のこともセックスのことも、何にもわからなかった。無我夢中だった。

 私の夫はイラストレーターで、知り合った頃は『週刊サンケイ』の表紙の似顔絵を毎週描いていたが、私はそんなことも、彼の名前さえ知らなかった。彼は私のラジオを聞いて私のことに興味を持ったらしく、知り合いのディレクターの紹介で会うことになった。

 私はTBSの『それ行け!歌謡曲』の「ミュージック・キャラバン」というコーナーで「男が出るか、女が出るか」とバカでっかい声を出していた。コーナーの相棒の久米宏に、

「私、今日和田誠という人に会うんだけど、どんな人?」

 ときいたら、久米さんは、

「立川談志をタテにつぶしたような顔の人だ」

 と言った。

 TBSの地下の階段を下りたら、そのとおりの顔の人がいた。

夫・和田誠さんとの出会いは
いきなり「ぼくんち来ない?」

 その人と食事をし、そのあと、

「ぼくんち来ない?」