
平野レミさんといえば天真らんまんな料理愛好家のイメージが強いが、元々はシャンソン歌手として活動していた。そんなレミさんの夫・和田誠さんとのなれ初めや、垣間見えた料理家としての一端を紹介する。※本稿は、今年3月に復刊された平野レミさんの初エッセイ『ド・レミの歌』(ポプラ社)の一部を抜粋・編集したものです。
心が離れるまで続いた
Tさんとの恋
文化学院を卒業してまもなく、Tさんと知り合った。シャンソンが好きで私の歌をよく聴きに来てくれたのだ。足の悪い人だったが、そのことに気がついたのは何回もデートしたあとだった。2人は並んで歩くから、彼が足を引きずっていることに気がつかなかったのだ。私もぼーっとしていた。
私と彼とはまったく違っていた。私は勉強しなかったから何にも知らないけど、彼は何でも知っていた。私はスポーツ万能で彼は足が悪かった。でもそれは外見のことで、恋とは関係がない。恋って心でするものだもん。
ある日、友達に、
「ああいう人とつき合っていて、レミちゃんがかわいそう」
と言われたことがある。
かわいそうなのは私じゃなくて、そんなこと言われる彼なので、私は悲しくてワアワア泣きながら家に帰った。
交際は2人の心が離れるまで続いた。別れたのは心が離れたからで、決して外見のせいじゃない。そしてあの頃は、心がとってもくっついていた。
銀座の喫茶店で、
「手を出してごらん」
と言われて手を出したら、彼は自分の手と合わせて、
「小さい手だね」
と言い、そのまま私の手を握った。彼は、
「出よう」
と席を立ち、私たちはそのまま手をつないで外に出た。