今年の夏は、千夏ちゃん夫婦と、私たち夫婦で、1カ月くらいヨーロッパに行こうと約束していた。ある日、千夏ちゃんから、具体的なスケジュールの打ち合わせをやろうよ、と電話があった。私は、

「ちょっと待って。それが変なのよ。1週間遅れてるのよ」

 と言った。

 私はそのときは、まだ信じられなくて、ただ生理が遅れているのだろうと思っていた。聞いた話では1カ月も遅れる人だっているらしいし、想像妊娠というのもあるらしい。千夏ちゃんは、

「お医者に行きなさいよ」

 と言った。

 それから、また童謡を歌うという仕事が来た。今度はテレビの『ひらけ!ポンキッキ』の中で使われる歌2曲だった。続けてまたまた童謡なので、これはいよいよ神様が仕掛けしたのかなあ、と思った。

 病院に電話したら、

「牛乳びんに半分お小水をとって持っていらっしゃい」

 と言われて、うちでは牛乳をとっていなかったので買ってきて、中身を飲んでその代わりにおしっこを詰めて恥ずかしながら持っていった。

ヨーロッパ旅行前に妊娠発覚
夫より先に妊娠を知った中山千夏

 2時間待たされて、結果は妊娠反応なし。でも先生は、初期ははっきりプラスと出ないけれど、生理がないということは妊娠にまちがいないでしょう、1週間後にもう一度いらっしゃい、とのこと。

 1週間後に、また牛乳を買った。病院に行くのにタクシーをとめたら、前に2人のっている。運転手が2人もいるのはおっかないと思って、ちゅうちょしてなかなかのらなかった。そしたら、

「見習い運転手に指導してるんです。心配しないでどうぞどうぞ」

 と言う。のってから私は、

「こんな車はじめて」

 と言った。そしたら助手席の男は、

「お客さん、ついてますよ。こういう車にはめったに当たるもんじゃないですよ。今日はお客さん、いいことありますよ。絶対ありますよ」

 と言う。

 病院で2時間待たされた。そして先生に言われた。

「ご妊娠です。おめでとうございます」

 帰り道、おなかの中にもう1人人間がいるんだと思うとおかしくて、不思議な気持ちで、歩きながらひとりで歯を出して笑ってしまった。うちに帰ると電話が鳴っていた。千夏ちゃんだった。

「どうだった?」

 ときかれて、私は、

「ヨーロッパ、だめになっちゃった」

 と答えた。私の妊娠を最初に知ったのは千夏ちゃんで、夫は2番めになった。

 夫に知らせたときは、もうレコーディングの時間が迫っていて、出かけなければならなかった。その日は『ひらけ!ポンキッキ』の歌を吹き込む日だったのだ。

平野レミさんの妊娠を「夫よりも先に知った」作家・歌手の名前『ド・レミの歌』(平野レミ、ポプラ社)

 歌い終わったとき、担当のディレクターが私に、

「子どもはつくらないの?」

 ときいた。私は、

「できたばっかり」

 と言うのはあんまり生々しいので、ただ、アハハハハと笑っていた。