実効性のある長期戦略を生み出すための
デザイン✕リーダーシップ

勝沼 岩嵜さんは、次世代の経営者教育にも携わっていらっしゃいますね。

岩嵜 「至善館」という大学院大学のリーダーシップ育成プログラムに関わっています。僕が担当しているのは、「エンビジョンとデザイン」をテーマにした授業です。エンビジョンは「構想する力」、デザインは「構想を具現化する力」を意味します。

 構想する力と構想を具現化する力は、これからのビジネスリーダーにとって必須の素養になると僕は考えています。その二つの力を持ったリーダーを育成していくことが、至善館における僕のミッションです。

 重要なのは、「マネジメント人材」ではなく「リーダー人材」を育成することです。マネジャーとは、既存の組織を管理する人、既存の組織を円滑に滞りなく動かす人です。それに対してリーダーとは、将来のビジョンを示し、組織をあるべき姿に変革していく人です。その意味でのリーダーが日本にはまだまだ少ないと僕は感じています。CDO(チーフ・デザイン・オフィサー)、もしくは企業のデザイン部門のトップになる人にも、そのようなリーダーシップが求められると思います。

勝沼 デザインの力でリーダーシップを発揮していくことがCDOに求められる要件である――。なるほど、それは非常に新しい視点ですね。

岩嵜 リーダーに必要なのは二つの構想力、すなわち「空間軸の構想力」と「時間軸の構想力」です。前者は、社内だけでなく、広く社会全体を見渡して構想する力を意味します。一方で後者は、長期的な時間の幅の中で構想できる力のことです。

 最近米国のデザイン界では、「トランジションデザイン」という概念が知られるようになっています。「トランジション」には、前と後をつなぐという意味があります。一般に「構想」とは、未来について思考することと捉えられがちですが、トランジションデザインの考え方では、過去から現在、現在から未来に続く軌道の中でビジョンをつくっていくことが重視されます。例えば、過去100年前までさかのぼり、その流れを踏まえて、未来の100年について考える。つまり、200年くらいのパースペクティブ(見通し)の中で構想する。それがトランジションデザインです。そのような力が、これからのデザインリーダーには必要とされると思います。

勝沼 そのようなリーダー人材は、デザインサイドから出てくるべきなのでしょうか。それとも、ビジネスあるいは経営サイドに人材を求めるべきなのでしょうか。

岩嵜 どちらもあり得ると思います。重要なのは、ビジネスとデザインをクロスオーバーさせる力です。そのような素養を持った人材はどちらのサイドにもいるはずです。もっとも、個人的にはぜひデザインバックグラウンドの人材に頑張ってほしいと思っています。欧米には、経営者と対等な立場で対話できるデザイナーがたくさんいます。そういうデザイナーが日本でも育ってほしい。そのような人材育成に僕自身も尽力していきたい、そう思っています。