世間では「働き方改革」とかいわれているけれど、ぼくの会社は「昭和」から抜け出せていない。
早出、休出、深夜残業、サービス残業。そしてパワハラ、セクハラ、カスハラ。
どこにでもいる平凡な会社員の日常を描いた、5分で読める気軽なショートストーリーです。
通勤中や休憩時間に読んで、クスっと笑ったり、ホロっと涙ぐんだりしてください。
(この記事は、『ぼくは今日も定時で帰る。仕事に疲れたあなたを癒す44の物語』まひろ(ダイヤモンド社)からの抜粋です)

大切なのは捧げた時間じゃない
夕方5時、オフィス。
カタカタカタカタ。
ぼくが仕事に追われながらパソコンとにらめっこしていると
「お先に~~」
同期のKが手をヒラヒラさせながら帰っていく。
(あいつ…今日も早いな)
うちの会社は去年から“みなし残業制”になった。
平たく言えば「毎月、必ず20時間分の残業代を払うからその範囲で仕事をしてね」ということらしい。
(少なくとも20時間分は働かないと)
と思っているぼくを尻目にKはサッと仕事を上がる。
(いかん。ボーッとするな)
山積みの仕事を思い出したぼくは夜遅くまでパソコンとにらめっこを続けた。
翌日、昼食のとき。
Kと2人で吉野家の牛丼をかき込みながら、聞いてみた。
「お前、何時間くらい残業してる?」
「月に10時間くらいだな」
やっぱり…かなり短い。
「オレら、月に20時間分の残業代をもらってるだろ。10時間で大丈夫なのか?」
Kは(お前はアホか?)と残念な目でぼくを見る。
「パラダイムって知ってる?」
脳みそにない言葉が出た。
「いや、知らん」
Kはフッと鼻で笑う。
悪いヤツじゃないけれど、こういうところが鼻につく。
「みなし残業代はあくまで“20時間以内に残業を抑えろ”ってことだ。“20時間は残業しろ”じゃないぞ」
「それはそうだけど…でも20時間分のお金をもらってるんだぞ」
Kは哀れそうにぼくを見た。
「お前センスないな。いいか。パラダイムっていうのは“物の見方”のことだ」
「物の見方?」
頭にクエスチョンマークが点滅する。
「みなし残業は20時間フルで働け、というわけじゃない」
「それはわかってるよ」
「じゃあ早く帰っていいだろ。要は成果を出せばいいんだから」
「…そうかな」
「20時間の残業代をもらって早く帰りながら成果を出す。会社もオレもハッピーだろ?」
「…確かに」
「お前は“残業しなきゃいけない”と思考がこり固まってるんだよ」
だんだんKの言い分が理解できてきた。
制度に引きずられて時間いっぱい働こうとするクセがついていた。
同期のマウント発言で悔しいけれどハッとする。
これはぼくが20代のときの話。
この経験から学んだことは、
自分で自分を縛ってはいけない
大切なのは捧げた時間じゃない
自分の中に思い込み(パラダイム)があることに気づかされた。
それでもなかなか残業グセが抜けない。
“みんなが残っているから”
“上司の目が気になるから”
転職した今になって、ようやくこの縛りから解放された。
定時内に仕事をガチって5時に帰るサイクルが回っている。
思い込みにはもう振り回されないと心に決めた。
ぼくがディスられた1年後。
Kが結婚することになった。
ぼくは同期と2人で引越しの手伝いにいく。
Kの家はガラクタだらけだった。
ボロボロの家具も新居で使うつもりらしい。
中でも衝撃を受けた逸品があった。
「…このフトンも持っていくの?」
「ああ。まだ使えるからな」
明らかに万年床なフトンを同期と2人で持ち上げると…布団の底がカビていた。
フトンを指でつまむように運んで軽トラの荷台に放り込む。
1ヵ月後。風のウワサを耳にした。
「何考えてるの!」
カビたフトンは奥さんの激オコを招き、Kはフトンをソッコーで買い直したらしい。
ショボンとしている同期を見てこの言葉を飲み込んだ。
オマエセンスナイナ
(この記事は、『ぼくは今日も定時で帰る。仕事に疲れたあなたを癒す44の物語』まひろ(ダイヤモンド社)からの抜粋です)