【世界史ミステリー】モンゴル帝国と中国の「皮肉な共通点」とは?
「地図を読み解き、歴史を深読みしよう」
人類の歴史は、交易、外交、戦争などの交流を重ねるうちに紡がれてきました。しかし、その移動や交流を、文字だけでイメージするのは困難です。地図を活用すれば、文字や年表だけでは捉えにくい歴史の背景や構造が鮮明に浮かび上がります。
本連載は、政治、経済、貿易、宗教、戦争など、多岐にわたる人類の営みを、地図や図解を用いて解説するものです。地図で世界史を学び直すことで、経済ニュースや国際情勢の理解が深まり、現代社会を読み解く基礎教養も身につきます。著者は代々木ゼミナールの世界史講師の伊藤敏氏。黒板にフリーハンドで描かれる正確無比な地図に魅了される受験生も多い。近刊『地図で学ぶ 世界史「再入門」』の著者でもある。

モンゴル帝国と中国の「皮肉な共通点」とは?
モンゴルによるユーラシア制覇では、商業民族としての彼らの本領が発揮されることになります。その支配領域には、ステップロード、シルクロードのほぼ全域と、マリンロードの要地(始点と終点)が含まれる、史上類を見ない大帝国なのです。
この「3本の道」を支配下に置いたことで、ユーラシアは一つの巨大な交易ネットワークとして機能し(ユーラシア円環交易網)、モンゴルのユーラシア制覇と東西交流の活況は、「パクス・モンゴリカ(モンゴルの平和)」と称されます。下図(図29)を見てください。

さらにこの「3本の道」は、元の時代に大運河が補修されることで、有機的に結びつきます。また、元では大運河の混雑を解消するため、中国沿岸の海運も活性化させます。
先ほど、「ユーラシア円環交易網」と形容したように、モンゴルによってユーラシアは一つの輪を描くような巨大な循環交易網と化したのです。また、地方にはジャムチ(站赤)と呼ばれる駅伝制を整備したことで、情報伝達や交易の利便性が大いに高まり、ヒト・モノ・カネの交流を支えたのです。
「交通網の整備」といえば、「世界帝国」の典型的な事業ですが、大モンゴル国もまた例外ではありません。モンゴルの支配下で「融合」と「普遍」、すなわち大陸規模での文化交流も促されます。
例えば、中国ではイスラームの暦法が伝来し、授時暦という暦に発展します。授時暦は17世紀の日本における貞享暦にも影響を与えます。また、イスラーム世界でのコバルトを利用した染色法も伝わり、宋代の青磁・白磁に青黒い模様をつけた「染付」という陶磁器も開発されます。
他方、偶像崇拝の禁止により人物画があまり進展しなかったイスラーム世界に、中国絵画の画法が伝わり、細密画と呼ばれるディテールの細かい写本絵画も登場します。ユーラシア規模の東西交流をもたらした大モンゴル国は、まさに「世界帝国の集大成」と言える存在でしょう。
「一帯一路」構想との共通点
さて、このモンゴルによるユーラシア制覇は、今日もなお大きな影響を与えています。2013年、中国の習近平・国家主席が「一帯一路」構想を提唱します。下図(図30)を見てください。

これは、21世紀のシルクロード構想というべきもので、核となるのはユーラシア規模の陸上インフラ投資である「一帯」と、インド洋を中心とする海上インフラ投資である「一路」からなり、これらが通過ないし隣接する諸国に、参加を求めているものです。
その「一帯一路」のルートを見てみると、13世紀にモンゴルが確立した「ユーラシア円環交易網」と驚くほど似通っていることが見て取れます。図29と図30を見比べてください。
しかし、ここ最近は「一帯一路」のプロジェクトが停滞し、これを受け構想から離脱国が現れるなど、その展開には陰りが見えていると言えます。モンゴル帝国は最終的に元のカアンをめぐる争いと各ウルスが自領経営に注力したことで解体が進みますが、現代の「一帯一路」構想もまた、「絵空事」のまま空中分解する運命にあるのでしょうか。過去と現代をつなぐ軸、そして過去から示唆される運命の是非をめぐり、今後の動向にも目が離せません。
(本原稿は『地図で学ぶ 世界史「再入門」』を一部抜粋・編集したものです)