「年収2000万か、100万か」――同じITでここまで差がつく「残酷な理由」とは?
「経済とは、土地と資源の奪い合いである」
ロシアによるウクライナ侵攻、台湾有事、そしてトランプ大統領再選。激動する世界情勢を生き抜くヒントは「地理」にあります。地理とは、地形や気候といった自然環境を学ぶだけの学問ではありません。農業や工業、貿易、流通、人口、宗教、言語にいたるまで、現代世界の「ありとあらゆる分野」を学ぶ学問なのです。
本連載は、「地理」というレンズを通して、世界の「今」と「未来」を解説するものです。経済ニュースや国際情勢の理解が深まり、現代社会を読み解く基礎教養も身につきます。著者は代々木ゼミナールの地理講師の宮路秀作氏。「東大地理」「共通テスト地理探究」など、代ゼミで開講されるすべての地理講座を担当する「代ゼミの地理の顔」。近刊『経済は地理から学べ!【全面改訂版】』の著者でもある。

「年収2000万か、100万か」――同じITでここまで差がつく「残酷な理由」とは?Photo: Adobe Stock

「年収2000万か、100万か」インドのIT事情

 近年、日本における在留インド人が増加傾向にあります。法務省の在留外国人統計によると、2006年時に1万8906人だったのに対し(当時は登録外国人統計)、2023年には4万8835人。在留インド人がおよそ3万人増加したことになります。

 目的の内訳をみると、かつて最も多かった「家族滞在」を抜いて、現在は「技術・人文知識・国際業務」が最多となっています。在留インド人に多いのはIT技術者のようです。

インドのIT産業の発展

 歴史をひもとくと、インドはかつてイギリスの植民地支配を受けていました。そのため英語を準公用語としています。連邦公用語としてヒンディー語がありますが、国民のおよそ44%しか話せないため、英語が広く共通言語として使用されています。

 またインドは、国土の中央部を東経80度が通過します。そのため、西経100度付近との時差が12時間です。西経100度は、アメリカ合衆国テキサス州を中心に発展したシリコンプレーンと呼ばれる先端技術産業の集積地を通過します。また西経120度となると、カリフォルニア州を中心に発展したシリコンバレーを通過します。

 つまりインドは、アメリカ合衆国とほぼ12時間の時差があるわけです。そのためシリコンプレーンやシリコンバレーで開発されているソフトウェアを、夜にインドへ送れば、朝を迎えたインドで開発の続きを進めることができます。

 また、アメリカ合衆国と同じく英語を使用できるという点も見逃せません。イギリス植民地時代は、インドにとっては苦い記憶かもしれませんが、くしくも旧宗主国の言語が現代のインドのソフトウェア産業発展の土台となっているのです。

カースト制度に縛られないIT技術者

 インド人のおよそ80%が信仰するのがヒンドゥー教です。ヒンドゥー教にはカースト制度という身分秩序があり、バラモン・クシャトリア・ヴァイシャ・シュードラという4つの「ヴァルナ」と、世襲的職業身分集団である「ジャーティ」によって社会が細分化されています。その数は2000とも3000ともいわれています。「世襲」という言葉からもわかるように、カースト制度の下では別の職業に就きたくても叶わないことがあります。

 インドの憲法は差別を禁じていますが、根強くカースト制度の影響が残っています。しかし、近年の産業の発展にともなって、「IT産業」という、カースト制度に規定されない職業が登場しました。これによって、低いカーストのインド人にも、少しの運と才能、たゆまぬ努力によって貧困から抜け出せるチャンスが訪れたのです。

 ちなみに、2001年度東京大学二次試験において、「インドの近年の社会経済状況の変化」について説明させる問題がありました。もう25年近くも前の話です。

 インドでは、「貧困からの脱却」を胸に誓い、IT技術を習得するべく上位大学への入学を希望する若者が増えました。

超難関! インド工科大学の入学試験

 インド工科大学(IIT)とは、インドに23ある国立大学の総称です。2020年、JEE-Main(日本の「共通テスト」のような試験)の申込者数がおよそ84万1000人、これを通過したものがJEE Advancedを受験し、最終的にIITに入学できたのは1万6061人。実に52倍の倍率で、98%もの受験生が涙をのむ入学試験です。

 同大学を卒業したインド人の多くが海外のIT企業で働いています。Googleでは2000万円台後半もの年収を用意するといいます。インド国内のIT技術者の平均年収が100万円程度であることを考えれば破格。夢を追って海外に活躍の場を求めるわけです。本項冒頭で触れた在留インド人の増加もまた、こうした背景があるのです。

(本原稿は『経済は地理から学べ!【全面改訂版】』を一部抜粋・編集したものです)