もちろん、東大が馬氏の豊富な資金を目当てにして客員教授にしたのではという疑念もありますが、馬氏の活動ぶりには国を追われた失意の人という雰囲気がまったくありません。コロナ禍では日本に100万枚のマスクを寄贈、日本各地に住宅を建てたり、新事業を始めたりという噂が絶えない状況になっています。

「もう中国には帰らない」
日本に定住する中国の大物たち

 馬氏だけではありません。この本が暴いているのは、馬氏に象徴されるように、「もう中国には帰国しない。日本に定住して、豊富な資金で悠々自適に暮らしたい」という新しい中国人集団が、来日し始めているということなのです。書籍のタイトルの「潤日の潤(ルン)」とは、逃亡するという意味で、文字通り日本に逃亡する富裕層が増えてきている現象を指す言葉として、中国でも話題になり始めているのです。

 たとえば、不動産開発王として名高い「万科」創業者の王石氏も、都心のタワマンに夫婦で住んでいます。また、杉杉(チャンチャン)集団の鄭永剛氏も、東京の広尾病院で亡くなったというニュースが流れました。馬氏、王氏、鄭氏はそれぞれ中国の急速な経済勃興を担った経済人であり、政権に対してもある程度距離を置き、経済活動を中心とする言動をしてきた人物という意味で共通しています。

 その意味では、鄧小平以来の「共産主義・社会主義社会より経済再建を優先する」ことが中国の進歩に寄与するという信念で結ばれていた人々だとも言えます。彼らの多くが日本に滞在しているのは、もちろん実際に習近平中心の独裁化した国家体制の中で、突然逮捕されたり幽閉されたりする可能性を恐れたということもあるでしょう。

 しかし、筆者の広範囲な取材で、潤日という移住者は単なる逃亡者ではなく、共通の意図はなくとも、中国の未来を見据えて行動している人々に見えるようです。またそれに加えて、香港の事実上の併合に反対し、日本に逃亡してきた言論人や資本家も大勢います。

 普通に考えても、今の中国には富裕層にとって、大きなデメリットが存在します。どんなに資産を作っても土地私有は禁じられていて、あくまでも国からの借地を保有しているにすぎません。大金持ちとはいえ、国の意思で突然、庶民の座に引きずり降ろされるリスクもあります。