昨年から新NISAがスタートした。だが、投資には「不確定要素」がつきものだ。どうすれば不運な目に遭わずに投資で成功できるのか?
今、全国の書店で話題となっているのが、「読むと人生が変わる」「シンプルすぎ最強」「『金持ち父さん 貧乏父さん』以来の衝撃の書!」と絶賛されている全世界40万部のベストセラー『JUST KEEP BUYING 自動的に富が増え続ける「お金」と「時間」の法則』(ニック・マジューリ著)だ。前回に引き続き『ストーリーとしての競争戦略』の楠木建氏(一橋大学特任教授)の特別投稿最終回をお届けする。(構成/ダイヤモンド社・寺田庸二)

『日本永代蔵』が現代人に教えてくれること
井原西鶴が『日本永代蔵』を書いたのは、1688年。経済が統一的な貨幣で動き出したといわれる寛永期から40年ほどが経過している。
商業活動も社会に広くいきわたり、世の人々の経済に対する関心も高まっていた。
さらに時代が下って江戸時代の半ば以降になると、「手金」と言われた資本力にものをいわせた新しいタイプの商売を行う新興勢力が経済活動の中心になる。
『日本永代蔵』はそうした商業資本主義への過渡期における原初的な商売や商人の姿をいきいきと描く。
「永代蔵」とは「永続する蔵」のこと。金持ちになること、資産を増やすことを第一とする江戸時代の商人の生き様や悲喜劇。おカネを増やすには、減らさないためには、という話の連続だ。
とにかく世の人々はカネに興味がある。今も昔も人間の本性は変わらない。
本書『JUST KEEP BUYING』(2023年刊)が現代のビジネス書と違うのは、「年収を上げるためにはこういうスキルを身につけましょう」といったストレートな話にはなっていないということだ。
たとえば、こういう話。元手のいらない手堅い商売をして財をなした商人が、その金を老後にじゃんじゃん使って面白おかしく暮らした。
「この人は、老後も若いときと変わらず、一生けちで通したとしたら、富士山を白金にしたくらいの財産を持っていたからとて、結局は武蔵野の土、橋場の煙となってしまう身であることを悟ったことであろうが、じつは賢明なことに、老後の生活費を別に取っておいて、世の中のあらゆる楽しみをして暮らしたのであった」
で、この老人は他人にさまざまな施しをしてあげるものだから、周囲に重宝がられて評判も良くなる。
亡くなったときの葬式といったらそれは立派。「そのまま仏様にでもなられるのかと思われるほど」で、「あの世でもさぞかし仕合せであろうと、万人がこれを羨んだものだった」。そしてこう結ぶ。
「(お金をいくらためても)とてもあの世へは持っていけないものだが、さりとてこの世でなくてはならぬ物といえば銀[カネ]だ。銀[カネ]の世の中とはよく言ったものである」
事程左様に、「カネなんてあっても仕方がない」と「やっぱりカネがものをいう」という、まるで違う主張の間をいったりきたりする。
今日に至るまで読み継がれてきている『日本永代蔵』の核心は、まさにここにある。
「どっちも真実」というのが西鶴の本音だ。
令和と江戸のベストセラーの共通点
なぜお金のことになると人間は矛盾を露呈するのか。
その理由は、当の人間が矛盾に満ちた生き物だということにある。
お金への向き合い方を通じて、人間の本性を鮮やかに浮かび上がらせる――井原西鶴、さすがの才覚だ。
『JUST KEEP BUYING』の読後感は時空間を超えて『日本永代蔵』を彷彿とさせるものがある。
本書の終盤で紹介されているジャック・ウィテカーのエピソードが面白い。
2002年のクリスマス。
宝くじを買ったジャックは当時としては米国史上最高額となる3億1400万ドルの一等を引き当てた。
彼はすぐにジェーリーグの賞金1億1300万ドルを受け取った。
しかし、その後のジャックの人生はうまくいかなかった。
賞金を手にしてから2年も経たないうちに、孫娘が薬物の過剰摂取で死んでいるのが発見された。
妻は疎遠になり、ジャックはギャンブルや娼婦に湯水のごとく金を使った。酒に酔って車を運転するのも当たり前になった。結局、賞金はすべてなくなった――。
ここまでなら一攫千金を実現した宝くじの当選者が道を踏み外したという、よくある話に聞こえる。
しかし、興味深いのは、宝くじを買う前からジャックは大金持ちだったという事実だ。
事業で大きな成功を収めていた彼には1700万ドル以上の資産があった。
しかも彼は悪い人間ではなかった。家族を愛していたし教会にも通っていた。
事実、宝くじに当選した直後には、非営利団体の設立資金として数千万ドルを寄付していた。
それでも、誘惑には勝てなかった。
お金には人を変えてしまう魔力がある。
十分な良心と経験、分別のある人でさえ、お金で人生を破綻させることがある。
多額の資産を持っていたにもかかわらず、宝くじを買っていた。
ということは、おそらくジャックは自分のことをお金持ちではないと思っていた。
すでに自分が充分に裕福だと気づいていたら、お金で身を持ち崩すこともなかっただろう。
お金と向き合うときにいちばん大切なこと
ようするに「足るを知る」――お金と向き合うときにいちばん大切なことだ。
お金は手段であり、道具にすぎない。
目的ではないのはもちろん、自分の価値の尺度でもない。
自分より裕福な人はいくらでもいる。他人と比較をすればキリがない。
いたずらに他人と自分を比較せず、自分がいかに恵まれているかを考えることが大切だと著者は言う。
「足るを知る」ことは「自分を知る」ことでもある。
これが難しい。
最初から最後までお金の話をしているように見えて、
人間の本性を直視し、人間の本質まで踏み込む。
これこそが本書がベストセラーになった真の理由だと思う。
(本稿は、『JUST KEEP BUYING 自動的に富が増え続ける「お金」と「時間」の法則』に関する書き下ろし記事です。)
経営学者。一橋大学特任教授(PDS寄付講座・競争戦略およびシグマクシス寄付講座・仕事論)
専攻は競争戦略。著書として『楠木建の頭の中 戦略と経営についての論考』(2024年、日本経済新聞出版)、『絶対悲観主義』(2022年、講談社)、『逆・タイムマシン経営論』(2020年、日経BP、杉浦泰氏との共著)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010年、東洋経済新報社)などがある。