世間では「働き方改革」とかいわれているけれど、ぼくの会社は「昭和」から抜け出せていない。
早出、休出、深夜残業、サービス残業。そしてパワハラ、セクハラ、カスハラ。
どこにでもいる平凡な会社員の日常を描いた、5分で読める気軽なショートストーリーです。
通勤中や休憩時間に読んで、クスっと笑ったり、ホロっと涙ぐんだりしてください。
(この記事は、『ぼくは今日も定時で帰る。仕事に疲れたあなたを癒す44の物語』まひろ(ダイヤモンド社)からの抜粋です)

みんな人生に一生懸命だった
海外に赴任して1ヵ月が過ぎたころ。
前任者からの引き継ぎも終わり、ようやく一息つく。
(よし。ここからがんばるぞ!)と思った矢先。
「ちょっといいですか?」
たった1人の部下から会議室に呼び出された。
「来月で辞めます」
「え…?」
「彼は評価に不満があるから…気を付けて」
前任者の言葉が脳裏をよぎる。
海外では5年で出世できないとサクッと転職するらしい。
気を付ける間もなく…初めての部下は秒で辞めた。
それからぼくはメンバーの退職ラッシュにぶち当たる。
2人目の悲劇は20代のバリキャリで仕事も気づかいもバッチリ。
(優秀にも程があるだろ…)
仕事に不慣れな自分にはマジで神だった。
そんな彼女から「主人の転勤が決まったので…」と伝えられ、心の中で号泣した。
3人目はちょっと仕事はサボるくせに…陽気で憎めないヤツだった。
「親が酒造りを始めるからオレも手伝うんだ!」
何とも彼らしい理由で会社を去った。
4人目はシングルマザー。
採用した後に元旦那からストーカーされていることをカミングアウト。
「旦那に住所がバレて…私、どうしたらいいですか?」
泣きながら相談されて…人生で初めてストーカー対策を考えた。
「子どもが危ないので…」
けっきょく彼女は両親のもとに帰っていった。
5人目は1人目と同じく、出世が原因で会社を辞めた。
ぼくの上司がうっかり「まだ君に昇進はないかな」と本人に伝えてしまい…
翌日には退職届けがぼくの胸元に突きつけられた。
6人目は新卒で採用した期待のエースだったけど…
「友達と起業するんだ!」
たった1年で会社を去っていく。
「がんばれよ!」と見送りつつも、
「お前もか…」と陰でへこんだ。
ただ1人。
7人目のZくんだけは、ぼくが海外にいる間は辞めずに残ってくれた。
日本に帰った後も、たまにLINEで交流する日々が続く。
4年後、彼から連絡が来た。
「会社辞めるよ」
「どうして?」
「子どもが生まれたから…どうしても年収を上げたくて」
(幸せになってくれ…)
こころの底から成功を祈った。
7人の退職ラッシュは自分の常識をぶち壊した。
(こんなにあっさり辞めるのか)とマジで驚いたし
(自分のせいじゃないか…)と不甲斐なさを責めもした。
でも誰もが前を向いていて(…人生に一生懸命なんだ)と胸を突かれる。
そして日本に戻って2年ほど経ったとき。
ふと自分の顔を鏡で見て、どんよりした表情にゾッとする。
(このままじゃダメだ…)
人生に一生懸命であろう
ぼくは40歳で転職を決意した。
7人の部下を見送ったのはつらい経験だったけど…代わりに大切なことを教わった。
ところで…
チームの中に1人だけ絶対に辞めない部下がいた。
面談をするたびに「辞めますよ!」と息まくので「残念です…いつにします?」と斬り返す。
本気の人ほど口に出さないのはどのお国も共通らしい。
やるやるサギは絶対ダメ。
(この記事は、『ぼくは今日も定時で帰る。仕事に疲れたあなたを癒す44の物語』まひろ(ダイヤモンド社)からの抜粋です)