世間では「働き方改革」とかいわれているけれど、ぼくの会社は「昭和」から抜け出せていない。
早出、休出、深夜残業、サービス残業。そしてパワハラ、セクハラ、カスハラ。
どこにでもいる平凡な会社員の日常を描いた、5分で読める気軽なショートストーリーです。
通勤中や休憩時間に読んで、クスっと笑ったり、ホロっと涙ぐんだりしてください。
(この記事は、『ぼくは今日も定時で帰る。仕事に疲れたあなたを癒す44の物語』まひろ(ダイヤモンド社)からの抜粋です)

上司に悩む同期との会話
ピコピコ。
同期のHからLINEがきた。
「そっちに出張するから飲みに行こうぜ」
Hが2年前に異動してから働く場所も離れている。
会うのは久しぶりだ。
「何を食いたい?」
「カニがいいな。そっちの名物だろ」
「OK」
1週間後。
「久しぶり。元気か!」
「ああ。久しぶり」
ビールを注文してから、ぼくは口火を切った。
「もうすぐ異動して2年か。最近はどうなん?」
Hはバツグンの成績を残して別部門に栄転した。
「お先に!」
当時のHは肩で風を切るようだった。
が…
「…上司のWさんと合わなくてな」
Hは力なくつぶやいた。
2年前と比べると…一回りは小さく見える。
「…何かあったのか?」
「どうもこうも…めちゃくちゃだよ」
Hは愚痴をこぼし始めた。
「無理な期限設定をしてるくせに守らないと怒るし」
「うん…」
「夜でも朝でも即レスしないとぶち切れる」
「マジか…」
「自分の失敗まで“こいつが勝手にやった!”と責任をなすりつけてきた」
「…ブラックすぎるな」
話を聞く限り…完全なパワハラだ。
「オレの評判はガタ落ちだよ。Wさんの失敗まですべて背負いこまされた」
3ヵ月前。
ある先輩と交わした会話がふと脳裏をよぎった。
「ぼく、Hと同期なんですよ」
何気なく口にしたところ、
「あのHくんね…w」
なぜか苦笑をされる。
(イヤな感じだな…)
確かその先輩はWさんと繋がっていたはず…
ジトっとした笑いの理由が腑に落ちる。
「…今日はおごるから。飲もうぜ」
少しでもHの気が晴れれば。
その夜、ぼくはひたすら同期の愚痴を聞いた。
お会計で。
(ゲ! 15,000円もするのか…まぁカニだから仕方ないか)
「すまんな…今度おごるわ」
「…おぅ。頼むよ」
最後まで肩を落としていたHを…ぼくはただ見送った。
そして半年後。
ピコピコ。
HからLINEが来る。
「お疲れ。オレ異動することになったわ」
ホッと胸を撫で下ろす。
会社を辞めるのかと思った。
「落ち着いたら飲もうぜ」
同期の幸運をいのる。
さらに半年後。
ピコピコ。
再びLINEが来る。
「遊びに来ないか?」
(どうしたんだろう…)
「OK、行くわ」
「何食いたい?」
「じゃあ焼肉で」
1週間後。
有休を取り新幹線でHを訪ねた。
「久しぶり! メシ行こう」
1年ぶりに会うHは…見違えるように元気だった。
「元気そうだな」
「ああ! 新しい上司の人とはうまくいってるよ」
ホッと胸を撫で下ろす。
「よかった。お前が元気がないとか…夏に雪でも降りそうだからな」
「すまんかった」
多少マウントを取られようが…
同期は元気な方が何だかんだで嬉しいものだ。
「だからオレ会社辞めるわ」
「え、どうして? 評価も悪くないんだろ?」
カミングアウトに混乱する。
「…調子が上がるまで辞めないって決めてたんだ」
「…どういうこと?」
「Wさんから逃げるみたいに辞めるのはイヤだったんだよ」
負けず嫌いのHらしい言葉が漏れる。
「調子を戻してから辞めるって…決めてたんだ」
“調子を戻してから辞める”
新鮮な響きが胸を突き抜けた。
逆に自分は肩を落とした…
「オレは今しんどくてさ…部下も辞めるし上司とも合わなくて」
1年前とは逆転して今度は自分がしょぼくれていた。
わざわざ会いにきたのは…Hの心配だけじゃない。
自分も(会社辞めようかな)とこっそり考えていたのだ。
「今日はオレがおごるから。食え」
1年前とは真逆に肉をおごられながら自分の愚痴を聞いてもらった。
そしてぼくはHの一言で、急な転職を思いとどまる。
上り調子で環境を変える
ぼくは追加で3年、同じ会社でもがいた。
(もう少しがんばってみよう)
自分の心に踏ん切りがつくまで。
それが正解かどうかはわからないけど…
道を切り開くのは自分自身だ。
環境を変えるには苦労を伴う。
後悔しないためには納得感を大切にする。
大切な考えに気づかされた。
その夜、焼肉をつまみ終わって会計をする。
「今日は俺が払うから」
Hが会計を済ませていると…
レジから声が聞こえた。
「7,600円です」
…安すぎる。絶対にもう1軒おごらせよう。
こころの狭いぼくは固く固く胸に誓った。
(この記事は、『ぼくは今日も定時で帰る。仕事に疲れたあなたを癒す44の物語』まひろ(ダイヤモンド社)からの抜粋です)