世間では「働き方改革」とかいわれているけれど、ぼくの会社は「昭和」から抜け出せていない。
早出、休出、深夜残業、サービス残業。そしてパワハラ、セクハラ、カスハラ。
つらいことばかりだけど、でもぼくは働く。そこに光を見つけたいから。
どこにでもいる平凡な会社員の日常を描いた、5分で読める気軽なショートストーリーです。
通勤中や休憩時間に読んで、クスっと笑ったり、ホロっと涙ぐんだりしてください。
(この記事は、『ぼくは今日も定時で帰る。仕事に疲れたあなたを癒す44の物語』まひろ(ダイヤモンド社)からの抜粋です)

選択肢を持つと楽になる
居酒屋で。同期・Hとの会話。
「どうした? 元気ないな」
Hは目ざとくぼくの様子に気づいた。
こいつは1年前に転職をして今は別の会社で働いている。
気心の知れたHにぼくはグチをこぼした。
「あぁ…上司とギクシャクしてて」
「どうして?」
「よく『君の考えは?』って聞かれるんだけど…」
「それで?」
「自分の考えを伝えると『それはおかしい』と否定されてさ」
「そうか」
「何度も残業しては資料を作り直してると…気が滅入るよ」
「お前、ビズリーチに登録しろ」
「え?」
「今のままだと潰れるぞ」
「いや…そこまでじゃないけど」
会社を辞めるつもりはないし、自分が潰れる自覚はない。
「お前は“正しい”と思ったことを上司に提案してるやろ?」
「…当たり前だろ」
「だからつっかえされるんだよ」
「…どういうこと?」
「お前の会社はみんな“仕事”をしてない」
「いや…みんな働いてるぞ?」
「違う。働くってことは価値を生むことだ」
「そうだな…」
「でも、お前の会社では“どうすれば周りによく見られるか?”ここを考える人が評価される」
「うーん…そうか?」
「先輩のJさんを見てみろ。あの人は頭がいいから上司の望んでいることをやる」
Jさんの顔を思い浮かべる。
気さくな人で自分も大好きだ。
「別に…それで良くないか?」
「Jさんの凄いところは“上がおかしい”と思っても…流しはするけど指摘はしない」
確かに…Jさんは世渡り上手だ。敵を作らない。
「オレはそんな社風が嫌で転職を決めたからな」
確かにコイツは意味のないことがとくに嫌いなやつだった。
Hは淡々と続ける。
「上司と考えが合わないんだろ?」
「…合わないところはある」
「お前はバカ正直だから…Jさんのように“仕事だから”と割り切ることができるのか?」
…思わず黙り込む。即答できなかった。
「今はまだ大丈夫でもドンドン苦しくなるぞ」
「…」
「とりあえずビズリーチに登録しとけ。辞めなくてもいい。選択肢があるだけで楽になるから」
「…わかった」
ぼくはその場でビズリーチに登録して飲み会を終えた。
すると不思議なことに心がスッと軽くなった。
その後も上司とはギクシャクしていたけれど…
(…いざとなれば転職しよう)
お守りがあるだけで心を守ることができたのだ。
そして3ヵ月後。大勢の前で上司に吊し上げられたぼくは…会社を辞める決意をする。
上司だけが悪いとは思わない。
自分にも不器用な所があった。
ただそれでも…
“仕事だから”と心をだまし続けられるほど、ぼくは強い人間じゃなかった。
そして退路があることに救われた。
依存するほどに苦しくなり
選択肢を持つほど楽になる
小さくてもいい。選択肢を持つ。
転職した今も常に気を付けている。
「ちなみに…なんでビズリーチなんだ。使いやすいのか?」
ぼくはHに質問した。
「使い勝手もあるけど…あそこのお姉さん、可愛いからな」
「アホか!」と突っ込みかけて…ぼくは考え直した。
「…大事だな」
Hはいい話をするくせに着地はダメダメだ。
なのにコイツとたまに飲みたくなる。
自分こそダメダメだとしみじみ悟った。
(この記事は、『ぼくは今日も定時で帰る。仕事に疲れたあなたを癒す44の物語』まひろ(ダイヤモンド社)からの抜粋です)