世間では「働き方改革」とかいわれているけれど、ぼくの会社は「昭和」から抜け出せていない。
早出、休出、深夜残業、サービス残業。そしてパワハラ、セクハラ、カスハラ。
でもぼくは今日も働く。そこに光を見つけたいから。
どこにでもいる平凡な会社員の日常を描いた、5分で読める気軽なショートストーリーです。
通勤中や休憩時間に読んで、クスっと笑ったり、ホロっと涙ぐんだりしてください。
(この記事は、『ぼくは今日も定時で帰る。仕事に疲れたあなたを癒す44の物語』まひろ(ダイヤモンド社)からの抜粋です)

毎月80時間残業していたぼくに、会社を辞める決心をさせた上司からのひどい言葉Photo: Adobe Stock

選択することは痛みを伴う

年収。年齢。リスク。
抱えるものが大きくて決断するまで迷いに迷う。

月80時間も残業するくらい会社も仕事もイヤじゃなかった。けれど…(潮時だな)と感じた瞬間が3度ある。

1度目は上司のMさんにみんなの前で吊し上げられたとき。
冷静でロジカルな上司と甘ちゃんで直感的なぼく。
相性が悪いとは感じつつも…
(合わせないと)
何とか期待に応えようと上司の顔色をうかがいながら毎晩遅くまで働いた。

ある日の会議で気持ちの糸がプツンと切れる。
「彼は期待はずれだった」
人前で堂々と批判を口にされた瞬間、
(もう無理だ)
全身から血の気が引いていく。
(転職しよう)
ぼくは心の舵を切った。

2度目のターニングポイントは次の部長が決まったときだ。
ぼくが転職活動を始めたとき。
営業部には次の部長候補が2人いた。
1人は…直属の上司・Mさん。
もう1人の候補・Nさんは別チームを率いていた。

「君の考え、すごくいい」
「一緒にがんばろう!」
Nさんは一緒に仕事をするたびに前向きな言葉をかけてくる。
Nさん主宰のプロジェクトは楽しくて家でこっそり資料を作った。
(アカンけど)

Mさんか。Nさんか。確率は50%。
転職活動をしながらも、
(Nさんが部長になるなら…残ればいいじゃないか…)

心の片隅で思いつつ…時間を削って転職活動を進める。

そして9月に入り辞令が発表された。
Nさんは別の部門の部長として異動することが決まった。
(…賭けに勝った)
かっこ悪いけどマジで思った。

Mさんの下で働き続ければ…いつか自分は潰れる。
その確信があったからだ。

Nさんはぼくが退職することを知ると、
「…残念だよ」
と寂しげに話しかけてきた。
チクッと胸が痛む。

そして…
何より胸に刺さったのは部下からの一言だった。
「Mさんとまひろさんの話…ずれてませんか?」
上同士がギクシャクするとかならず部下に波及する。
部下に手戻りをさせることがチラホラと出てきた。

(本当にごめん…)
辞めればチームには迷惑をかけるけど…
残ったとしても迷惑をかける。
ぼくは潮時が来たと改めて悟る。

年収やリスク。会社への未練。
そして…部下にかける迷惑。
残った方が楽なことは山ほどあった。
それでも…“どうしても残りたい”と心から思うことができなかった。

選択することは痛みをともなう
どちらを選んでも痛いならば
自分の気持ちに素直になろう

転職をして年収は下がり、人間関係も大変なことが山盛りだ。
それでも…今の環境を楽しんでみる。

出社前に公園のベンチでコーヒーを楽しみ、帰りには川辺のベンチでラジオを聴いて午後7時前には家に帰る。
少なくとも時間と心の余裕は作れたのだ。
後悔するときはゼロじゃないけど、アイスを食べてグッスリ寝れば、また元気が戻ってくる。

人生は長い。
選んだ道をこれから正解にすれば良いのだ。
どうせ痛いなら素直な方へ。
迷ったときこそ決めていこう。

でもコンビニのアイスコーナー前ではよく5分以上も迷っているのはここだけの秘密だ。

(この記事は、『ぼくは今日も定時で帰る。仕事に疲れたあなたを癒す44の物語』まひろ(ダイヤモンド社)からの抜粋です)