「日本はこの国を無視できない」世界最大のイスラーム国家との超意外な関係とは?
「経済とは、土地と資源の奪い合いである」
ロシアによるウクライナ侵攻、台湾有事、そしてトランプ大統領再選。激動する世界情勢を生き抜くヒントは「地理」にあります。地理とは、地形や気候といった自然環境を学ぶだけの学問ではありません。農業や工業、貿易、流通、人口、宗教、言語にいたるまで、現代世界の「ありとあらゆる分野」を学ぶ学問なのです。
本連載は、「地理」というレンズを通して、世界の「今」と「未来」を解説するものです。経済ニュースや国際情勢の理解が深まり、現代社会を読み解く基礎教養も身につきます。著者は代々木ゼミナールの地理講師の宮路秀作氏。「東大地理」「共通テスト地理探究」など、代ゼミで開講されるすべての地理講座を担当する「代ゼミの地理の顔」。近刊『経済は地理から学べ!【全面改訂版】』の著者でもある。

「日本はこの国を無視できない」世界最大のイスラーム国家との超意外な関係とは?Photo: Adobe Stock

知られざるインドネシアの実力

 インドネシアは多くの島々から成る島嶼国家である一方、東南アジアの海上交通の要衝でもあります。マラッカ海峡へのアクセスや、オーストラリア北西部のピルバラ地区(鉄鉱石の一大産地)に比較的近いことは、資源の輸入と製品の輸出の両面で地理的優位をもたらしています。港湾インフラが整い、海上輸送のハブとして機能し始めれば、原材料や部品の調達が容易になり、自動車生産に必要な鉄鉱石や石炭などを効率的に流通させることができます。

 さらに、国内の部品や材料の供給網(サプライチェーン)の整備が進んでいます。自動車生産が増えることで、部品メーカーや関連産業が集積し、これが雇用機会や技術力を高めるサイクルを生み出しています。

 例えば、部品生産の拡大は化学工業やプラスチック加工業にも波及し、地域全体の産業の裾野が広がる可能性があります。これは、単に完成車を組み立てるだけでなく、国内で生産工程を完結させる力を育てることにもつながります。

 今後はEV(電気自動車)の普及に向けた展望も注目されているようです。あまり知られていませんが、インドネシアは世界最大のニッケル産出国です。鉄鋼にニッケルやクロム、マンガンなどの他の元素を足すことでできる鉄材を合金鉄といい、ニッケルを使った場合はフェロニッケル(Ferro-nickel)といいます。

 フェロニッケルは、耐食性や耐熱性、高強度の特性を持つステンレス鋼の原料となり、ステンレス鋼は建築資材や自動車部品、家電製品など、日常生活のありとあらゆるところで使用されています。特に「自動車部品」の1つであるEV用バッテリーは、ニッケルを使用することでエネルギー密度が高くなり、エネルギー転換の観点からも不可欠な金属です。つまり、インドネシアはバッテリー(電池)生産の拠点としても期待されているわけです。

 化石燃料に依存した従来の自動車産業から、より環境負荷の少ない次世代型にシフトしようという動きは世界規模で進んでいますが、地理的条件と資源を活かしてどこまで競争力を高められるか、そんな視点でインドネシアを見るとまた違った国家像が見えてきます。

日本企業との意外なかかわり

 インドネシアでは、日本の自動車メーカーが長年にわたって投資や技術協力を行ってきた歴史があります。第二次世界大戦後の国交再開を経て、日系企業が二輪車や四輪車の製造拠点を相次いで設立し、現地の労働力を育成してきました。これらの取り組みは、インドネシア経済の一部を支える基盤になっていきます。日本の自動車メーカーが現地向けに小型車や低燃費車を投入し、現地のニーズに合わせてモデルチェンジを繰り返したことなどは、インドネシアの「地域性」を取り込んだ結果といえます。

 また、人口の多いイスラーム教徒(インドネシアは世界最大のイスラーム人口を擁する国)への配慮や、長期間にわたる文化的交流の積み重ねなど、社会的・文化的な側面も無視できない要素です。日本企業は現地従業員の生活習慣を尊重した職場環境づくりや、現地コミュニティとの協調を図ることで、地域に根づいたビジネスを展開しました。こうした背景を踏まえると、「地理学の視点」で経済を眺めることは、単なる資源の分布や地形だけでなく、歴史や文化を含んだ多面的な分析が必要だと感じられます。

 インドネシアの自動車生産が伸びている理由は、石炭や鉄鉱石、ニッケルといった資源の活用だけで説明できるものではありません。複線的に見れば、人口構成や政府の政策、地理的な輸送ルート、企業文化の受容など、さまざまな要因が重なっているからこそ、現在の姿が成立していると考えられます。

(本原稿は『経済は地理から学べ!【全面改訂版】』を一部抜粋・編集したものです)