「1on1は、最前線で働くすべての管理職のための強いツールになる」
『増補改訂版 ヤフーの1on1』の冒頭で、著者の本間浩輔氏はこう書いている。それは、1on1がチームの心理的安全性を醸成し、1対1の対話によってメンバーの成長を促進することができるためだ。株式会社TBSテレビ(以下、TBSテレビ)では、2022年から1on1ミーティングを制度として導入。現場の管理職は、部下と向き合う時間をどう受け止め、どう続けてきたのだろうか。元TBSテレビで現在はBS-TBS監査役を務める中田奈穂子氏に、その歩みをうかがった。

たった8人から始まった1on1
――まず、TBSテレビで1on1を導入された経緯を教えてください。
中田奈穂子氏(以下、中田):まず、個人的なことからお話しします。私が最初に「1on1的なこと」を始めたのは2019年以降、アナウンスセンター長を務めていた頃のことです。今思えば完全に自己流だったのですが、アナウンサーたちのコンディションを把握するために1対1で話を聞いたのです。
その後、正式に1on1を学ぶきっかけになったのは、慶應丸の内シティキャンパス(以下、慶應MCC)の講座に参加したことでした。慶応MCCでは、それまでにもいくつかの講座を受けていました。そこに本間浩輔さんが講師を務める「実践1on1の本質」という講座が開講されることを知り、「これだ!」と思いました。自己流ではなく、理論に基づいた1on1とはどういうものか知りたい、と思ったのです。
――慶應MCCの講座では、どんな学びがありましたか?
中田:私がそれまでやっていた1on1では、本人の話をよく聞くことを意識していました。ただ、相手に考えていただいたり、成長してもらったり、そういう問いかけにはなってなかったのでは、と思いました。本間さんの講座では「部下の成長のための時間」ということが非常に徹底されていました。
――その後、社内全体へと広がっていったのですね。
中田:はい。偶然ですが、同じ講座に人事労政局人材開発部に所属する別の社員が参加していました。当時、社内に「360度フィードバック」と「1on1ミーティング」を推進していこうという流れができていたのです。
初期の導入メンバーとして社内の様々な部署の8人がティーチング・アシスタント(以下、T.A)に選抜され、私もその1人となりました。この8人で仕事の合間にスケジュールを調整して「壁打ち」を始めました。1on1のロールプレイをして、相互にフィードバックし合う。自主練みたいなものですね。
この8人ができるようになったら、その後はリモートで部長さんなどにも実践してもらいました。
8人のT.Aがみなさんの1on1を傍で聞いていて、「もうちょっと我慢して、相手にもうちょっと考えさせた方がいいんじゃないですか」とか「自分ばっかり喋ってませんでしたか」というようなフィードバックをするのです。
流れを変えたトップのコミットメント
――導入を進めるにあたっての工夫はありましたか?
中田:たとえば人材開発部が各所と調整し、社内に「1on1ブース」を作りました。会議室が打ち合わせですぐに埋まってしまうので、なかなか1on1のための場所が取れなかったためです。それで、社内の廊下の一角を1on1ブースに改装し、プライバシーが保てる空間ができました。
また、社内促進用の動画には、トップからのメッセージとして当時の社長(現・会長)が出演しました。人材開発部の担当者が経営陣に1on1の意義と必要性を説明したことが、出演の快諾に繋がったのです。
社長からのメッセージが、1on1を推進するにあたり、最強の支援となったことは言うまでもありません。動画には1on1の正しいやり方として、本間さんのデモンストレーションも紹介されました。
――会社としてなぜ導入に前向きに取り組むことができたのでしょうか?
中田:上司と部下のコミュニケーションが足りていたかというと、そんなこともなかったのかな、という気はします。そのうえで、実際に始めてみて、1on1をする側も、される側も「これはいいぞ」と実感したことが大きいのではないでしょうか。
――一方、現場の受け止め方はどうでしたか?
中田:今でもありますが「時間がないから嫌だ」とか、「部下とのコミュニケーションは取れてるから必要ない」という反応は多かったですね。