現代のビジネスパーソンは忙しい。メールチェックに部下との面談、次々とスケジュールに組み込まれていく会議やミーティング……。「一つひとつに取り組んでいたら仕事が終わらないから」と、会議中に他のメールに返信したことがある人も少なくないだろう。そういった「マルチタスク」で仕事を進めていくことが、効率のいい仕事の仕方だと感じている人もいるかもしれない。しかし、18言語で話題の世界的ロングセラーの新装版『一点集中術──限られた時間で次々とやりたいことを実現できる』の著者であるデボラ・ザック氏によると、非常に能率がいい人、山ほど仕事をこなしている人は、実は「シングルタスク」に励んでいるという。なぜシングルタスクの方が、能率がいいのだろうか。本書の内容をもとに解説する。(文/神代裕子、ダイヤモンド社書籍オンライン編集部)

一点集中術Photo: Adobe Stock

どれだけ忙しくても達成感が得られない理由は?

 一日中タスクに追われ、気がついたらもう17時。でも、まだまだ仕事は終わっていない……。仕事を終えたという達成感もない……。

 そんな絶望感に苛まれたことがあるビジネスパーソンは多いのではないだろうか。

 かく言う筆者も、原稿を書いていたら急ぎの返信が必要なメールが届き、見積もりを頼まれ、そうこうしているうちにオンラインミーティングの時間になり、気づけば原稿が1行も進まないまま夕方を迎えていた――そんな経験が何度もある。

 ザック氏によると、このような状態になる原因は「マルチタスクにある」という。

 そうは言っても、山のようにあるタスクを考えると、一つひとつのタスクに集中して仕事をするシングルタスクで仕事が終わるとは思えない。

「そんな余裕はない!」と感じる人も少なくないはずだ。

 しかし、ザック氏は、シングルタスクの効果について「ハーバード大学の研究でも証明されている」と語る。

ハーバード大学の研究によると、「あたふたとせわしなく働いている社員たちは1日に500回も注意を向けるタスクを変えるが、もっとも能率がいい社員たちは注意を向けるタスクを変える回数がむしろ少ない」という。
つまり、タスクからタスクへと注意を向ける先を切り替える頻度の高さは、生産性の低さと相関関係
があるというのだ。(P.39)

 さらに「マルチタスカーはシングルタスカーより、外部から邪魔が入ると影響を受けやすい(ほかの情報を受け入れてしまうと、もともと取り組んでいた作業の能率が落ちる)」という。

こういう人は「目の前の作業とは無関係のことに手をだすのはやめよう」という抑止力がきかず、集中力も鈍いという。(P.40)

 この言葉に筆者はドキッとさせられた。

「忙しい」と言いつつも、原稿を書いている最中の無駄なネットサーフィンなど、確かに、「今しなくてもいいこと」にもつい手を出している自分がいたからだ。

マルチタスクは幻想。取り組むべきはシングルタスク

 ザック氏によると、大前提として「人間の脳は一度に複数のことに注意を向けることができない」と指摘する。

 私たちがマルチタスクだと思っていることは、「タスク・スイッチング(タスクの切り替え)であり、タスクからタスクへとすばやく切り替えているだけ」なのだという。

 それを「マルチタスクだ!」と思い、注意をあちこちに向けていると効率が落ち、むしろ仕事が遅くなってしまう。私たちがマルチタスクだと思っている行為は、ただ単に、絶え間なく気が散っている状態にあるだけなのだ。

 一方で、シングルタスクとは、「『いまここ』にいること」「一度に1つの作業に没頭すること」を意味する。

 一点に集中して、ゾーンに入る。シングルタスクとは、それほどの「強いエネルギー」と「鋭い集中力」を要するものだと、ザック氏は述べている。

 しかし、そんなに強い思いで1つのことに集中して取り組むのはなかなか難しい。つい考え事をしてしまったり、スマホの通知に気を取られたりと、他のことに気を取られてしまう。

 いったいどうすればいいのだろうか。

一つのことに集中できる環境の作り方

 ザック氏はシングルタスクについて、「周囲の環境と自分の思考をコントロールすることを意味する」と語る。

 そして、「これは、たんなる行為を指すわけではない。自制心を発達させることでもある」と主張する。

 では、そのために私たちは何をするべきか。ザック氏がおすすめする方法をいくつかピックアップして紹介しよう。

・「シンプルに考える」ための時間をつくる
1日のあいだに「ひとりでじっくりと考え事をする時間」を決める。ザック氏は毎日10~15分ほどの時間をかけ、日記をつけているそうだ。日記に限らず、散歩でも瞑想でもいい。自分が楽しめるものを利用し、頭のなかを整理する。1日5分でも十分価値がある。

・スマホを「分離」する
スマホの登場により、1台の電話がカメラ、目覚まし時計、地図、メモ、懐中電灯の役割まで果たすようになった。しかし、何にでもスマホを使うと、寝る前にアラームをかけようとしてそのまま仕事のメールを読んでしまったり、スマホに書いた買い物メモを見ようとしてそのままSNSチェックを始めてしまったりする。脳は簡単に脱線したり、横道にそれたりしてしまうのだ。そのため、スマホの機能を使うのではなく、アラームは目覚まし時計を使い、買い物メモは紙に書くなど、できるだけスマホを使わなくて済むようにしよう。

・邪魔物を防ぐ「フェンス」を設ける
ミーティングに集中すべき時に、電話がかかってきたり、重要なプロジェクトや作業が思い浮かんだりすると気が散る。そのため、電話やメール受信など、音が鳴りうるものはすべてミュートにする。おやすみモードにしておくのもいいだろう。会議中はスマホをしまっておく。デスクの上はきちんと片付けておく。このように環境を整えることで、注意がそれる原因をあらかじめ取り除いておくのが重要だ。

邪魔物を撃退し、シングルタスクに集中を

 何か一つに集中しようと思っても、何かしら思いついたり目に入ったりすると、どうしてもそちらに気持ちが流れてしまう。

 この欲求に打ち勝つことがかなり難しいことは、理解できるのではないだろうか。

 だからこそ、その原因となるものを自分であらかじめ排除しておき、一つのことに集中する。

 集中して取り組んだ仕事は、思ったよりも早く終わるし、きっと精度の高いものができているだろう。

“効率よく仕事したいなら、まずは一つに集中すること”――それが、本当に成果を出す人の習慣なのだ。