その弓は30万円もする高価なものだった。女性は、壊れたことを相手の両親に伝える際、終始英語で話を進めた。「30万円で買ったものだ」と価格を告げたとき、相手は驚き、表情が変わったという。その後、購入した楽器店に同行してもらい、弓が購入から1カ月未満であることや値段を店側に証言してもらい、結果として全額賠償を受けたそうだ。

 動画の中で彼女は、「もし日本語で交渉していたら、相手は簡単には折れなかったでしょう。英語だったからこそ、相手が自分の劣勢を認め、素直になったのです」と語り、日本人は英語に苦手意識があるため、交渉では英語の方が圧倒的に有利だと断言していた。

英語力ではなく、精神的優位に立ちたい欲求

 この女性のように「英語で日本人を打ち負かせる」という主張は、中国のSNSでよく見かける。たとえば、あるビジネス系カレッジに通う自称博士の男性がこう話す動画も話題となった。

「日本に来たばかりの頃、毎日8時間以上も日本語を勉強したが、どんなに日本語が上手になっても、日本人に大して尊敬されなかった。それ以来、日本人と会うときは必ず最初に英語で話すようにした。そうすると相手は決まって『I am sorry, my English is very poor』と言って萎縮する。こうやって優位に立つ、これこそ“差別化”だ」と自慢していた。

 また、中国だけでなく日本のSNSでも話題になった動画がある。数人の中国人観光客が焼肉店で英語で注文するのだが、何回言っても通じず、日本人店員を馬鹿にして笑うという内容の動画だった。

 そのほかにも、日本に旅行した体験談として「下手な日本語を使うより、英語のほうが確実に日本人に一目置かれる。やっぱり日本人は欧米文化に憧れがあり、英語の発音にコンプレックスを抱いているから」といった意見も散見される。

 このような発言や態度の背景にあるのは、「英語を話すことで相手より精神的に上位に立ちたい」という欲求であり、それは中国社会に根づく“上下意識”に起因している。

中国社会における「差」をつける文化

 中国の教育課程は地域によって違いがあるが、都市部では1970年代から小学校で英語を教えていた学校が多く、1986年からは正式に英語が義務教育に導入された。その結果、若い人たちを中心に英語が上手な人が増えている。今では多くの地域で小学1年生から英語が必修となっている。加えて、語学教育に力を入れる家庭も多く、「英語力=教養や知性の象徴」とされることも少なくない。

 しかし、上述の動画のような態度は単なる言語能力の問題ではなく、「英語を武器にして相手をコントロールし、優位に立ちたい」という心理の現れである。こうした思考は、日本人に対してだけでなく、中国社会そのものに根づいたものだ。

 肩書、収入、学歴、子どもの成績など、あらゆる面で他人と比べ、常に自分が劣っていないことを確認しようとする。そうした競争社会の中で育った結果、相手との上下関係を意識し、人との間に優劣をつけようとする傾向が強くなる。それが、日本に来ても現れているというわけだ。