2017年の発売以降、今でも多くの人に読まれ続けている『ありがとうの魔法』。本書は、小林正観さんの40年間に及ぶ研究のなかで、いちばん伝えたかったことをまとめた「ベスト・メッセージ集」だ。あらゆる悩みを解決する「ありがとう」の秘訣が1冊にまとめられていて、読者からの大きな反響を呼んでいる。この連載では、本書のエッセンスの一部をお伝えしていく。

本当に強い人とは、戦わない人
漬物の「たくあん」を考案したとされる「沢庵宗彭」という僧侶(沢庵和尚)がいました。
沢庵は、小説『宮本武蔵』(吉川英治著、新潮文庫刊)では、フィクション上の設定として、宮本武蔵の「精神的な師匠」ということになっています(史実においては、武蔵と沢庵和尚の間に接触があったという記録はないようです)。
小説の中で、武蔵は何か問題に突き当たるたびに沢庵の教えを受け、いろいろなことを発見し、学び、成長していきます。
宮本武蔵については、いろいろな人が武蔵を題材に「フィクション」を書いています。これも、ある人から聞いた寓話なのですが、非常に面白いので紹介します。
沢庵は、東海寺の開山(初代の住職)です。ある日、武蔵が東海寺を訪れたときのこと。武蔵が境内に足を踏み入れたとたん、エサをついばんでいた鳩が、一斉に飛び立ちました。
その様子を見ていた沢庵は、武蔵にこう言ったといいます。
「何を修行してきたのだ? 修行が足りない」
それを聞いた武蔵は、「たくさんの武芸者を打ち負かし、私は強くなった。相当な修行を積んだのに、何を言うか」と反論したそうです。
沢庵は、「そうか、それほど強くなったと言うのなら、おまえの腕を試してやろう」と言って、武蔵を裏山に連れて行きます。
沢庵和尚は、糸を取り出し、それを木の枝と枝の間にピンと張って両端を結びつけました。そして、「武蔵よ、この糸が切れるか」と言います。武蔵は、「こんな糸くらい、いくらでも切れる」と、真剣を一振り。簡単に、その糸は切れたそうです。
そして武蔵は、「こんな糸なら、誰にでも切れる」と傲然と言ったそうです。
すると沢庵和尚はニヤッと笑い、「そうか、武蔵。糸ぐらいは簡単に切れるのだな。では今度は、これを切ってみよ」と言って、今度は糸の両端は結ばず、木の枝と枝に糸をただ載せるだけにしたのです。
真剣を抜いた武蔵は、何回も、何十回も振り下ろしましたが、結びつけられていない糸は、だらりと垂れるばかりで、切ることはできませんでした。
汗だくになった武蔵に向かって、沢庵は言います。「武蔵、本当の強さがわかったか」と。武蔵はじっと考えたあと「修行をしてくる」と言って東海寺を去ったというのです。
数年後、武蔵は、東海寺を訪れます。境内に足を踏み入れたとき、今度は、鳩は一羽も飛び立ちませんでした。
歩いている足下にいながら、そのまま黙々とエサを食べていました。沢庵はそれを見て「武蔵、だいぶ修行をしてきたな」と言ったそうです。
武蔵は、後年、兵法の極意を『五輪書』としてまとめていますが、剣術の奥義に達した武蔵が悟ったのは「本当に強い者は、戦わない」ということでした。
事前に危険を察知できたのであれば、それを避けて通ること。あえてその中に身を投じる必要はない……。
それが本当の優れた武将・武芸者の選ぶ道である。後年の武蔵が達したのは、「戦わない」=「最強」という心境だったようです。
戦い続けて、次々に相手を打ち負かしていく。そういう人を私たちは「強い」と呼んできました。しかし、「本当の強さ」というのは、目に見えて戦ったり、争ったりしないように、「事前に笑顔で回避し、解決していくこと」ではないでしょうか。