筆者も公開2週目に鑑賞し、その余韻に大いに浸った。そこで早くも「今年の日本アカデミー賞決定」との声もあるほど好評を博している理由を作品の内容から分析してみたい。
歌舞伎を知らない人にも親切
「曽根崎心中」などの演目が文字で表示
簡単にあらすじを紹介すると、任侠の跡取りとして生まれた喜久雄(吉沢亮)は父を抗争で亡くし、上方歌舞伎の看板役者である花井半二郎(渡辺謙)に素質を見込まれて10代半ばで稽古を始める。半二郎のひとり息子である俊介(横浜流星)とともに切磋琢磨するようになり、以降、稀有な才能の持ち主である喜久雄と、血筋に恵まれた俊介、そしてそれぞれに関わる人々の人生が描かれる。
喜久雄は二世である俊介の血筋に、俊介は喜久雄の才能に、お互いが手の届かない焦燥を感じており、特に前半で描かれるのは両者間の葛藤である。
まず大切なのは、歌舞伎役者の人生を描き、歌舞伎の名場面がそれなりの尺を取るにもかかわらず何人をも飽きさせないことである。稽古に1年半かけたという俳優たちの演技が素晴らしいのは言うまでもないのだが、「道成寺」「連獅子」「曽根崎心中」など比較的有名な演目であったり、それぞれの演目が文字で表示されるのは親切だし、門外漢を突き放す様子がない。
歌舞伎通でなくてもわかりやすい見せ場をこれでもかと見せてくれる。国内の観客にとっても親切だが、これは海外でのウケも考えた上での演出ではないか。狙い通りかはわからないが、『国宝』は「第78回カンヌ国際映画祭(監督週間)」や上海映画祭で喝采を浴びたことが伝えられている。
李相日監督はこれまでの作品でもエンタメと芸術性のバランス感覚が抜群に良い印象があるが、江戸時代の庶民の娯楽に始まり、その後伝統文化となった歌舞伎と監督自身が相性が良かったのではないかと思える。