さらに、昨今は新規の「分子標的薬」の多くが海外のベンチャー企業で創られており、受け皿になる企業が日本側には少ないことから生じる、ドラッグロス(海外で承認された治療薬が日本では使用できない)の問題も注目されている。それでも、官民一体となった努力により、小児向けの新規薬剤開発は少しずつ進むようになってきた。
だが一方で、ハイカムチンやアクチノマイシンDのような昔ながらの良薬は、需要が小さく、薬価改定の煽りを受けて海外より安価に設定されている。そのため、それぞれ1社でしか製造されず、利潤も少ないために製造工場の設備投資ができないことから製造に問題が生じやすく、また代替品もないため、1社の供給不安が即、患者の生命を脅かす危機となる。
日々、子どもたちの生命を守るべく奮闘している松本氏としては、新薬の登場は当然心強い反面、基本的な武器が使えなくなる可能性に対して、強い危機感を抱かざるを得ないのである。
再発せずに5年間
生存できるのはわずか40%

国立成育医療研究センター 小児がんセンター長/小児がんセンター 長期フォローアップ科 診療部長(併任)
幸い、まだ混乱は患者には及んでいないようだ。これは松本氏ら現場の医師と製薬企業による、涙ぐましい努力の賜物だろう。
神経芽腫は神経の細胞にできる「がん」で、小児期にできる腫瘍の中では白血病、脳腫瘍についで多い。診断時に骨や肝臓、皮膚、骨髄などに転移がある高リスク群の治療は難しく、毎年約90人の子どもが発症し、再発せずに5年間生存できるのは40%程度とされている。
今回の治療薬の供給不安について、「神経芽腫の会」は次のようにコメントしてくれた。
「ハイカムチンは神経芽腫のみならず、卵巣がんや横紋筋肉腫などの固形腫瘍でも使われている重要な薬ですので、出荷停止による影響の大きさは否定できません。松本先生の「ハイカムチンが使えないということは、特に再発症例に対して治療手段が減ることになる」との危惧について、私たちも同じ思いを持っております。
私たちは、神経芽腫の医療にご尽力いただいている先生方との信頼関係を、10年以上の長い年月をかけて築いてまいりました。先生方のご尽力により、混乱なく治療が継続されていることに深く感謝しております」