2022年、イーロン・マスクは突如としてツイッター社を買収し、本社に乗り込んだ――。『Breaking Twitter イーロン・マスク 史上最悪の企業買収』(ベン・メズリック著、井口耕二訳)に描かれたその一場面は、ただの企業買収ではなく、現代の「奇人」が引き起こした壮大なドラマの幕開けだった。一橋大学の楠木建特任教授は、本書について「イーロン・マスクという人物の本質を見事に浮かび上がらせている」と語る。本稿では、楠木教授に本書の魅力と「イーロン・マスクの人物像」について寄稿いただいた(全5回のうち第1回)。(構成/ダイヤモンド社・林えり)

黒ずくめのマスク、本社に現る
2022年10月、ツイッター社の大株主になったイーロン・マスクが本社に乗り込んできたときのこと。『Breaking Twitter』の第9章にその光景が描写されている。
「イーロン・マスクがいた。オープンなスペースを早足で歩いてくる。テレビで見るより大きく感じられる。体重はだいぶ減っているはずなのに。
実は少し前の7月、上半身はだかでヨットに乗り、ホースで水をかけられている写真がツイッターで拡散されてあれこれ言われたので、食事と運動でかなりいい感じにやせたのだ。
姿勢は猫背ぎみ、服は黒いTシャツに黒いパンツ、黒光りのする靴と真っ黒である。
後ろには、不自然なほど離れてツイープス(ツイッターの社員)が20人から30人もぞろぞろ続いている。マスクが大股なもので、小走りになっている人もいる。」
――『Breaking Twitter イーロン・マスク 史上最悪の企業買収』より
実は少し前の7月、上半身はだかでヨットに乗り、ホースで水をかけられている写真がツイッターで拡散されてあれこれ言われたので、食事と運動でかなりいい感じにやせたのだ。
姿勢は猫背ぎみ、服は黒いTシャツに黒いパンツ、黒光りのする靴と真っ黒である。
後ろには、不自然なほど離れてツイープス(ツイッターの社員)が20人から30人もぞろぞろ続いている。マスクが大股なもので、小走りになっている人もいる。」
――『Breaking Twitter イーロン・マスク 史上最悪の企業買収』より
取り巻きの中には、マスク公認伝記『イーロン・マスク』の著者もいた
大勢の取り巻きの中の一人にジャーナリストのウォルター・アイザックソンがいた。アイザックソンは公認伝記を書くために何ヵ月もマスクに密着していた。
本書の主要な登場人物の一人であるツイッターの製品開発ディレクター、エスター・クロフォードは、このときにアイザックソンと短い会話を交わしている。アイザックソンはクロフォードにこう言った。
「今後、あなたはとても重要な人になると思いますよ」
――事実、クロフォードはマスクによる買収後のツイッター2.0で側近に取り立てられ、大混乱の中で翻弄されることになる。
後にアイザックソンによる伝記『イーロン・マスク』(井口耕二訳、文藝春秋刊)は出版され、世界中でベストセラーになった。
僕もこの本を読み、書評を書いたことがある。評伝としての出来は普通だが、イーロン・マスクという当代きっての奇矯な人物の不思議さと面白さ(だけ)で一気に読ませる本だ。