要するに、現時点では、一部の先進的な医師に限られてはいるものの、多くの医療者がポテンシャルを感じていることは確かだ。では、医療現場への本格的な定着を妨げている課題は何か。

「最大のハードルは、データの信頼性と標準化です。現状の市販のウェアラブルの測定精度には限界があり、『医療機器ではない』スマートウォッチのデータをそのまま診断や治療の根拠とするのは難しい場合が多々あります。

 さらに、医療機関側の受け入れ体制不備も現状では大きな課題です。病院の電子カルテとスマートウォッチ由来の個人健康データとの連携手段が確立されていないため、医師が患者ごとにバラバラなウェアラブルデータを見るには手間がかかります」

スマートウォッチがヘルスケアで
真価を発揮するためのハードルとは?

 心房細動の早期発見機能については、「アップルウォッチ外来」として、受け入れる医療機関(循環器領域)が数年前から増えているが、他の領域ではまだまだ「萌芽期」。

「政府は、『全国医療情報プラットフォーム』構想やマイナンバーポータルでの情報閲覧など、医療DX施策を進めていますが、それらはあくまで医療機関が保持する診療情報を患者や他機関が参照できるに留まり、個人のデータを医療機関間で“共有”することや、外部に保存することまでは想定されていません。また、せっかく集まったウェアラブルデータが研究など二次利用される展望も、現時点では描かれていないのです」

 スマートウォッチのヘルスケア機能が真価を発揮するには、医師が個人のデータを医療に活用したり、医療機関の診療記録も含めた個々の医療情報をスマートウォッチと一緒に持ち歩けるようになったりすることが必要だ。そうなってこそ、スマートウォッチは真に「手首の病院」となり、装着者の”命の恩人“にもなれるのではないだろうか。

(取材・文/医療ジャーナリスト 木原洋美、監修/東京慈恵会医科大学脳神経外科兼先端医療情報技術研究部 准教授 高尾洋之)