軍国主義に染まったヒロインを
描くことにした理由

「朝ドラのヒロインは比較的、反戦を訴えることが多いですが、『あんぱん』ではあえて、軍国主義に染まったヒロインを描くことにしました。私が読んだ当時の手記ではきちんと教育を受けたほとんどの女性が、軍国少女になっていたからです。

 脚本家の橋田壽賀子先生、ファッションデザイナーの桂由美さん、作家の田辺聖子さん……皆さん日記を残していて、それを読むとどれだけ軍国主義一色に染まっていたかがよくわかるんですよ。昭和8年(1933年)生まれの私の母も、聞けば、やはりそうでした。純粋な人ほど染まりやすいのでしょうね。

 その純粋な人が終戦を迎えたとき、一回自分を全部塗りつぶすような体験をする。それがどれだけ苦しかったか、そこを描く私も苦しかったです。

 それでも私は、軍国主義を唱える人が当時は大半だったということを、現代に生きる人たちに知ってほしかった。そんなふうに人を変えてしまうからこそ戦争は恐ろしいと思うんです。

 戦争に勝つと信じて子どもたちを教育するのぶのセリフを書きながら、今田美桜さんにこういうセリフを言わせていいのかなと心配にもなりましたが、よく頑張って演じてくださったと感謝しています」

 終戦後、のぶは夫の次郎(中島歩)を亡くし、新聞記者、代議士秘書と職を変えながらひとりで生きていく。それからようやく嵩と気持ちが通じ合うまで、ずいぶんと長い月日が経過した。

「史実ではやなせさんと暢さんは高知新聞社で出会って結婚します。だからオリジナル要素の多いドラマとはいえ、それ以前に結ばれてはいけない。そこは守りつつ、でも私は今回、どうしても二人の子どもの時代から描きたくて、幼馴染設定にしました。

 共に戦争という大きなものを乗り越えていくようにしたかったからです。ふたりそろって戦争で価値観がひっくり返る経験を味わうことを描きたかった。

 幼い頃から近くにいるにもかかわらず結ばれないようにするのは一苦労。浅田美代子さんからも『嵩は何やってるの』とじれったがられましたが(笑)、あれこれと工夫をして高知新報に入るまでは結ばれないようにしました。

 のぶがついに嵩のことを『嵩の二倍、嵩のこと好き!』と抱きつく場面では、オンエアを見たとき、号泣してしまったんです。脚本を書いたときは泣かなかったのに。それまでのぶに本当に辛い思いをさせてきたので、やっと子どもの頃の自由で天真爛漫だった自分に戻れたことを、心から良かったね、おめでとう!という気持ちになったのだと思います。

 今田さんと北村さんの演技もすばらしかったです。私が想定していたよりも爆発力みたいなものがあって感激しました」