
さまざまなメディアで取り上げられた押川剛の衝撃のノンフィクションを鬼才・鈴木マサカズの力で完全漫画化!コミックバンチKai(新潮社)で連載されている『「子供を殺してください」という親たち』(原作/押川剛、作画/鈴木マサカズ)のケース2「親と子の殺し合い・前編」から、押川氏が漫画に描けなかった登場人物たちのエピソードを紹介する。(株式会社トキワ精神保健事務所所長 押川 剛)
どうしても酒を飲んでしまう男が招いた悲劇
アルコール依存症は、精神疾患のなかでも群を抜いて身近な病といえる。たしかに世の中には、浴びるように酒を飲んでいても依存症とは縁遠い人もいる。
しかし、過度の飲酒は心身に悪影響を及ぼし、社会性が失われていく場合もある。
今回のマンガに登場する39歳の則夫は、私が出会ったなかでもトップクラスに社会性を失っていた。体内にアルコールが入れば、家族だろうが他人だろうがトラブルと暴力沙汰、果ては飲酒運転による大事故である。
もっとも素面(しらふ)のときは落ち着きもあり、表面的な言葉のやりとりはできる。だがそれは「会話」にはならない。漫画ではだいぶ省略しているが、車中ではつじつまの合わない自己弁護とともに、両親や社会への不満を繰り返し言い募り、飲酒を正当化した。
それは、まったくの素人がみても「脳が委縮しているのではないか」と感じられる言動であり、その事実に私は驚愕した。
ところで、今回の説得は、入院中の精神科病院から転院先へ向かう間の車中で行っている。最初の入院先は則夫の治療にさじを投げ、家族に全責任を負わせるために一切の協力を拒んだのだ。
車中での説得に際し、私が懸念したのは、本人が必ず「トイレに行きたい」と言い出すことだ。そう言って車から降りて、そのまま行方をくらましてしまう。
そんな事態を避けるために、私は転院先までの道中にある警察署を調べ、1階のトイレを使わせてもらう想定で準備をした。
そして、則夫が車に乗り込んだ段階で、「トラブルを避けるために、コンビニのトイレではなく、警察署のトイレを借りられるよう手はずを整えている」と伝えた。このファーストアタックは、則夫のなかにある、「逃げる」という選択肢を封じるためのものでもあった。
「精神障害者移送サービス」の核となるのが、この「説得」だ。
かつて精神疾患患者を医療機関に連れていく方法は、「強制拘束」が当たり前だった。高校生の頃に、その光景を目の当たりにする機会が幾度もあり、私は思った。
患者さんをロープで縛ったり布団で巻いたりするのではなく、言葉を使って医療につなげたい――。
「説得」は私の原点でもある。取材などでは説得の際に私が見ているもの、感じていることを聞かれることが多いが、言葉にするのは難しい。
相手の発言や表情はもちろん、息づかいや動作、体から出る匂いまで……。私の脳内の記憶や鼻の粘膜にこびりついた匂いはしっかり思い出せるが、あの独特の空気は、おそらくいくら言葉を重ねても伝わらないだろう。
則夫は、アルコール依存症の専門病院につなげることができた。当時は彼のような対応困難、かつ難治性の依存症患者に対応できる専門病院があり、そして専門医がいた。
則夫は複数年にわたる入院治療を受けたが、アルコールが抜けて数年が経過してもなお、他の患者や職員に対し絶え間なくトラブルを起こした。
そして遂に、他患者に対し殺人未遂となる事件を起こす。事件の現場は、凄惨だが計画性も感じられる状況だったと聞いている。最終的に、精神疾患はあったが責任能力はあると診断され、実刑判決を受けたのである。
【あらすじ】
過度の教育圧力に潰れたエリートの息子、酒に溺れて親に刃物を向ける男、母親を奴隷扱いし、ゴミに埋もれて生活する娘――。現代の裏側に潜む家族と社会の闇を抉り、その先に光を当てる。
現代社会の裏側に潜む家族と社会の闇をえぐり、その先に光を当てる。マンガの続きは「ニュースな漫画」でチェック!


