仕事も勉強も、やる気はあるのに先延ばししてしまう。多くの人が抱えるこの悩みに、心理学の視点から答えるのが、新刊『すぐやる人の頭の中──心理学で先延ばしをなくす』だ。著者は、モチベーションの研究を専門とする筑波大学人間系教授・外山美樹氏。この記事では、特別に本書から一部を抜粋し、モチベーションにまつわる心理学の最新知見を紹介します。

前回までのあらすじ
ついスマホを触ってしまうなど「やらなければならないこと」ができない現象を、心理学の「自制心(セルフコントロール)」という概念で解説しました。
自制心は「心のエネルギー」のようなもので、まるで体力のように、消耗していくことがわかりました。
さらに、このエネルギーを「有限」と考えるか「無限」と考えるかで、行動が大きく変わることが判明。
無限型の人が休まずに頑張り続けて成果を出そうとする一方で、有限型の人はエネルギーを温存しながら行動することで、成果をあげます。
●前回:「手を抜く人」と「常に頑張る人」最後に勝つのはどっち? まさかの結果に
もっと自制心を消耗する課題――有限型 vs 無限型
もう1つ、私が行った心理学の実験を紹介します。
実験の流れは先に紹介したものと似ているのですが、この実験では最初の課題として、自制心の発揮の程度(つまり、消耗の程度)が低い条件と高い条件の2つを用意しました。

消耗の程度が低い条件では、先ほど説明したタイピング課題を実施しました。
一方で消耗の程度が高い条件においては、制約の仕方を変更しました。段落ごとに、スペースに置き換える対象の文字を変えたのです。
たとえば、最初の段落では、「e」の代わりにスペースを入力しますが、2番目の段落では、「i」の代わりにスペースを入力しなければなりません。
最初の段落では「e」を入力してはいけないのに、2番目の段落では、「e」を入力して、「i」を入力してはいけない……。
これはなかなか骨の折れる、すなわち、自制心が要求される課題となりそうですね。
実際に予備調査の結果、消耗の程度が高い条件では、消耗の程度が低い条件よりも、自制心がより多く必要であることが示されています。
この課題を実施した後で、実験者が参加者に次のように伝えます。
「次に行う課題は、集中力が非常に必要な課題になります。これから好きなだけ休憩をとって、疲れがとれたと思ったら、次の課題を開始してください」
参加者は椅子に座って、好きなだけ休憩をとりました。
みなさんも想像がついているかもしれません。参加者が休憩をとっていた時間がこっそり計測されていました。
そして、最後に、再び自制心を必要とする課題を行ってもらいました。ここでは、ストループ課題をやってもらいました。
無限型は休まず頑張る、有限型は休憩をとる
実験の結果を図1─7に示します。

グレーの棒グラフが無限型の人の最後の課題(ストループ課題)のパフォーマンスの結果、白い棒グラフが有限型の人の結果です。
また、最後の課題を実施する前の参加者の平均休憩時間を吹き出しに示しました。
まずは、休憩時間の結果をご覧ください。
想定されていたことですが、無限型の人は有限型の人に比べて、休憩時間が短い傾向にありました。
また、ここが重要になってくるのですが、無限型の人は、消耗の程度が低い課題をやった後でも、高い課題をやった後でも、休憩時間に大きな違いは見られませんでした(それぞれ、平均1分25秒と1分36秒)。
このことから、無限型の人は、消耗の兆候に鈍感であり、そのため休憩に動機づけられないということがわかります。
一方で、有限型の人は無限型の人に比べて休憩時間が長く、消耗の程度が低い課題をやった後(平均5分28秒)よりも、消耗の程度が高い課題をやった後(平均8分49秒)に、より休憩を長くとることが示されました。
つまり、有限型の人は、消耗の兆候に敏感であり、消耗を察知すると休憩に動機づけられるということがわかりました。
消耗度が高い状況では、有限型の方がパフォーマンスが高い
続いて、最後の課題のパフォーマンスを見てみましょう。
まず、最初に消耗の程度が低い課題(とはいえ、ある程度の自制心は必要な課題)を行った場合、休憩を挟んだ最後の課題では、無限型と有限型の間にパフォーマンスの差は見られませんでした。
無限型の人は、平均1分25秒という短い時間で休憩をとったにもかかわらず、平均5分28秒と長めに休憩した有限型の人たちと同様のパフォーマンスを発揮していたのです。
これはまさに「無限型の強み」といえるでしょう。
一方、最初に消耗の程度が高い課題を行った条件では、結果が異なります。
休憩を挟んだ後の課題で、無限型よりも有限型のほうが高いパフォーマンスを示しました。
そしてその違いには、「休憩のとり方」が大きく関係していることも明らかになりました。
つまり、無限型の人は、消耗の程度が高い課題にもかかわらず、自制心を発揮した後に自発的に休憩を多くとらなかったため、その後の自制心を必要とする課題の成績が悪かったということになります。
有限型の人は、消耗の程度が高い課題を行った場合には、自発的に長い休憩時間をとったため、自制心を回復させることができ、最後の課題では高い成績を収めることができました。
ここでは、有限型の人のほうに軍配が上がりました。
※本稿は、『すぐやる人の頭の中──心理学で先延ばしをなくす』(ダイヤモンド社)より一部を抜粋・編集したものです。