仕事も勉強も、やる気はあるのに先延ばししてしまう。多くの人が抱えるこの悩みに、心理学の視点から答えるのが、新刊『すぐやる人の頭の中──心理学で先延ばしをなくす』だ。著者は、モチベーションの研究を専門とする筑波大学人間系教授・外山美樹氏。この記事では、特別に本書から一部を抜粋し、モチベーションにまつわる心理学の最新知見を紹介します。

疲れても働き続ける人と、すぐ休みたくなる人「やる気への考え方に1つの根本的な差」Photo: Adobe Stock

こんな後悔、身に覚えがありませんか?

「やらなきゃ!」と思ったのも束の間。手にはスマホが握られている。

 何気なくSNSのアプリを立ち上げると、自分の意志とは無関係に指先がスクロールしていく。視線は画面に釘付け。

 時間の感覚は薄れ、やろうと決めたことは、意識の奥のほうへ沈んでいく。

 やがて、ふと我に返って時計を見ると、思った以上の時間が経過していることに気づく。

 また時間を無駄にしてしまった。今すぐ動けばいいのに、なぜか動けない。やらなければならないことがあったのに……。

「試験のために勉強しなきゃ」
「健康のためにジョギングをしなきゃ」
「家事を終わらせなきゃ」
「お酒を我慢しなきゃ」

 といったように、やらなければならない状況は、日々訪れます。

 このような、したいことをしない、あるいは、したくないことをする時には、「意志の力」が必要になってきます。

 意志の力とは、わかりやすく言うと、衝動を抑える力、誘惑に負けない力です。心理学では、意志の力を「自制心(セルフコントロール)」と呼びます。

 自制心は、目標達成に不可欠な能力の1つであり、誘惑に打ち勝ち、他の目標とうまくバランスを取りながら、1つの目標に向かって粘り強く進むために大きく役立つものです。

 車を動かすためには資源(ガソリン)が必要なように、自制心を発揮するためには、同じく資源(こころのエネルギーのようなもの)が必要となります。

こころのエネルギーは、「ガス欠」すると思いますか?

 ではここで、みなさんも少し考えてみましょう。

 こころのエネルギーはガソリンと同じように、使えばなくなり、その結果として、エンストする(自制心を発揮し続けることができなくなる)と思いますか?

 それとも、車と人間は異なるものであり、こころのエネルギーを使ったとしても、それがなくなるわけではないので、自制心を発揮し続けることができると思いますか?

 1日目の講義では、この自制心の正体を解き明かし、目標に向かって無理なく動けるコツを学んでいきましょう。

こころのエネルギーは有限? それとも無限?

 心理学では、こころのエネルギーを使うと、それは消耗されると考える人のことを「有限型」と呼びます。

 かたや、こころのエネルギーを使っても、消耗されるわけではないと考える人のことを「無限型」と呼びます。

 無限型の人は、こころのエネルギーを使うと消耗するどころか、さらなる活力につながるとさえ考える傾向にあります。

 有限型と無限型には、どちらにもメリット、デメリットがあるので、まずは、それぞれの特徴を理解することから始めたいと思います。

 ここ20年の間に行われた600を超える心理学研究によると、人は最初の事態(課題)で自制心を発揮すると、その後の事態では、自制心を発揮する力が弱まる(パフォーマンスが低下する)ことが示されています。

 これは、ちょっと難しい心理学の用語になりますが「自我枯渇」と呼ばれています。

「事態」、「パフォーマンス」、「自我枯渇」と少しわかりにくい用語が登場しましたので、ここで、実際に行われた心理学の実験を1つ紹介していくことにします。

甘いものを自制できる?――自制心の実験

 この実験に参加したのは、空腹状態にある大学生でした。

 大学生の目の前には、チョコレートと生のラディッシュが入っているお皿が置かれています。

・一方のグループには、生のラディッシュを3個食べるように指示します。

・もう一方のグループには、チョコレートを3個食べるように指示します。

 生のラディッシュを食べたグループは、魅惑的なチョコレートには手を出さずに、特に美味しいわけでもないラディッシュを食べることになるので、チョコレートを食べたグループよりも、多くの自制心が必要になったと考えられます。

 その後で、両方のグループに、自制心を必要とする課題を行ってもらいました。

 自制心を必要とする課題にはどのようなものがあるのかについては、後で紹介します。ここでは、いくら頑張っても解けない仕組みになっているパズルをやってもらいました。

 参加者がパズルを解くのをあきらめるまでに要した時間を比べたところ、ラディッシュを食べたグループのほうが、パズルを解くのを早くあきらめたことがわかりました。

 生のラディッシュを食べたグループは、最初に自制心を発揮してしまったために、自制心をすり減らしてしまったと考えられます。

疲れても働き続ける人と、すぐ休みたくなる人「やる気への考え方に1つの根本的な差」『すぐやる人の頭の中──心理学で先延ばしをなくす』より

 自制心を必要とする状況が続くと、自制心が枯渇してしまって、次に自制心が必要となった場合に自制心を発揮することができなくなってしまうのが「自我枯渇」です。

 この結果を見ると、やはり、こころのエネルギーもガソリンと同じように、使うと消費され、自制心を必要とする状況が続くと、それを発揮するのが難しくなるようです。

無限型という存在――休憩せずに頑張り続ける人

 ところが近年になって、この「自我枯渇」を示さない人の存在が明るみになりました。

 そう、それが無限型の人です。

 有限型の人は、先にも述べたように、最初の事態で自制心を発揮した後に、別の自制心が必要とされる課題を実施すると、その課題のパフォーマンスが低下するという「自我枯渇」を示しました。

 一方で、無限型の人は、自制心を発揮した直後に、また自制心を必要とする課題を行っても、パフォーマンスを維持することができたのです。

 それがなぜなのか、そのメカニズムを解明する研究も行われました。

 その結果、「資源(こころのエネルギー)は有限であり、自制心を発揮することによってそれが消耗される」と考えている有限型の人は、自制心を発揮すると、休憩に動機づけられることがわかりました。

「休憩に動機づけられる」というのは、「疲れたら休憩したくなる」ということです。

 疲れたら休憩をしたいと思うのは、当然のことのように考えられるのですが、無限型の人はそうではないようです。

 無限型の人は、「資源は無限であり、自制心を発揮してもそれが消耗されるわけではない」と考えているため、自制心を発揮するようなことがあった後でも、休憩に動機づけられません。

 つまり、無限型の人は、自制心を働かせても休憩することに注意が向かず、さらに自制心を必要とする局面を迎えても、頑張り続けることができるということになります。

有限型 vs 無限型――成果を出せるのはどっち?

有限型:こころのエネルギーは消耗すると考える人。疲れたら休憩したくなる。

無限型:こころのエネルギーは消耗しないと考える人。休憩せずに頑張り続ける。

 これは、一体どういうことなのでしょうか?

 考え方や信念によって、こころのエネルギーの使われ方が変化するのでしょうか?

 その気になれば誰もが、自制心を働かせ続けることができるのでしょうか?

 ひょっとすると、「仕事や勉強で高い成果をあげるには、無限型の人のほうが有利だ」と思った方も多いかもしれませんね。

 実は、必ずしもそうではありません。この研究には続きがあります。

※本稿は、『すぐやる人の頭の中──心理学で先延ばしをなくす』(ダイヤモンド社)より一部を抜粋・編集したものです。