仕事も勉強も、やる気はあるのに先延ばししてしまう。多くの人が抱えるこの悩みに、心理学の視点から答えるのが、新刊『すぐやる人の頭の中──心理学で先延ばしをなくす』だ。著者は、モチベーションの研究を専門とする筑波大学人間系教授・外山美樹氏。この記事では、特別に本書から一部を抜粋し、モチベーションにまつわる心理学の最新知見を紹介します。

目標達成は「前・中・後」の3段階で考える
どんな目標であっても、「やろう」と思った瞬間から「達成した」と言える瞬間までには、いくつもの壁があります。
最初の一歩が踏み出せない。途中でやる気が続かない。目標を達成しても、その後が続かない。
多くの人が、どこかの段階でつまずいてしまうのです。
それは、目標に向かう過程を1つの連続した流れとしてしか捉えていないからかもしれません。
しかし実際には、フェーズごとに直面する課題も、必要な工夫も、異なります。
5日目の講義では、長い旅路である目標達成までの道のりを
・目標追求の開始前
・目標追求の途中
・目標達成後
の3つの段階に区切って、それぞれの地点において、目標をどのように捉えるとよいのかについて考えていきたいと思います。
改めて述べるまでもなく、目標を定めたとしても、それを達成するために行動を起こすのは、なかなか大変なことです。
やらなきゃいけないと頭ではわかっていても、ダイエットをしたり、ジムに通ったり、勉強に手をつけたりすることは簡単ではありませんよね。
これまでの講義では、行動を起こすための心理的作戦や仕掛けについて話してきましたが、そもそも、運動、ダイエット、禁煙、節約、勉強といった目標に向けたモチベーションが自然に高まるのは「いつ」なのでしょうか?
それがわかれば、目標に向けた行動をとりやすくなるかもしれません。
やる気は「区切り」で高まる――検索データが示す傾向
モチベーションが自然に高まるタイミングを調べた心理学の研究があります。
これはアメリカ人を対象にした研究で、「ダイエット」の目標に焦点を当てて、人はいつ、それに対するやる気が湧いてくるのかを調べたものです。
アメリカ人の約3分の2は、過体重または肥満に分類されており、ダイエットや健康的な食生活は重要な関心事です。
この調査では、アメリカ国民を対象にして、「ダイエット(diet)」という用語をインターネット(Googleの検索エンジン)で検索することが多い時期はいつなのかを調べました。
今の時代は、興味があることに対して、まずはインターネットで検索して調べることが多いかと思います。そうした人間の習性を利用した調査です。
調査の結果、新年の始まり、月の始まり、週の始まりなどに、多くの人は「ダイエット」という用語を検索することがわかりました。
『ニューヨーク・タイムズ』紙が新しいダイエット薬に関するレポートを発表して話題になった直後に比べて、新年の始まりにおいてはその10倍以上の人が、「ダイエット」という用語を検索していたというから驚きです。
ちなみに、これらの知見が、インターネット検索の一般的な時系列パターンに起因している可能性も考えられるため、普段検索されることが多い用語(「ニュース」、「ガーデニング」、「洗濯」、「天気」)でも調べてみたところ、こうした用語においては、「ダイエット」と同じ系統的なパターンを示しませんでした。
つまり、新年の始まりや月の始まりに、これら「ニュース」、「ガーデニング」などの検索が多いわけではない、ということです。
したがって、新年の始まり、月の始まり、週の始まりに、ある目標(ここでは、「ダイエット」)に対する関心が高まることが示されています。
もちろん、「ダイエット」という用語をインターネットで検索したからといって、必ずしもすぐにその行動にとりかかるわけではありませんが、目標追求への興味や意図が高まることは、行動を開始するための第一歩であり、行動を予測する要因になります。
行動が増える「フレッシュスタート効果」
その後、研究が積み重ねられ、実際の行動を指標とした検討が行われました。
その結果、たとえばジムの利用や目標設定サイト(https://www.stickk.com)の利用が、同じく週や月、年、学期の始まりや、祝日、学校の休み、誕生日の直後などに起こりやすいことがわかりました。
こうしたタイミングで、目標に関連する活動が増加するのです。
このようなタイミングは、心理学では「時間的ランドマーク」と呼ばれています。
また、時間的ランドマークの直後に目標(たとえば、ダイエット、運動)を追求する傾向が強まることは「フレッシュスタート効果」と呼ばれています。
時間的ランドマークとは、日々の些細で平凡な出来事が続く中で、それとは明らかに異なる特別な日を指します。
このような時間的ランドマークには、次のようなものがあります。
・社会的な時間割の転換点(例:休日、新しい週/月/年/学期の始まり)
・個人的な人生の出来事、最初の経験(例:引っ越し、転職)
・節目(例:入学式、成人式、結婚式)
・繰り返し起こる重要な出来事(例:誕生日)
時間的ランドマークが新しい始まりとしてどの程度認識されるかは、そのランドマークが文化的、職業的、宗教的にどのように受け止められているのか、そのランドマークが自分にとってどの程度意味のあるものと感じられるのか、に左右されます。
たとえば、36歳の誕生日は、日本人にとってはそれほど大きな出来事ではありませんが(とはいえ、誕生日は普通の日とは異なる「時間的ランドマーク」です)、中国系の人にとっては、12年の干支サイクルの新しい始まりに相当し、新たな人生の幕開けのように感じられるそうです。
また、最初の経験(例:新しい都市への最初の引っ越し)は、重大な経験として捉えられ、同じような後の経験(例:何回目かの新しい都市への引っ越し)よりも、新しいサイクルの始まりのように感じられるはずです。
NHKのラジオ講座のテキストは、4月号は書店に山積みされていますが、5月号、6月号は目立たなくなっています。
あれは、人間の目標追求に対する行動の習性、すなわち「フレッシュスタート効果」をよく理解してる書店の戦略といえるでしょう。
時間的ランドマークを強く意識すれば、行動を始めやすくなる
目標追求を開始する段階では、心理的負荷がかかりやすく、なかなか動き出すことが難しいため、「フレッシュスタート効果」をうまく用いることで、自然と目標に向かって動き出すように自分を仕向けることが有効です。
平凡で単調な日々の中にも、時間的ランドマークはあちこちに点在します。
たとえば、週の始まりを迎える際に、この時間的ランドマークを強く意識することが、目標指向的な行動の「後押し」になる可能性があります。
時間的ランドマーク(たとえば、月、週の始まり)に合わせて、ジムの予約を入れたり、図書館で勉強する計画を立てたりすることも1つの心理的作戦です。
意志力に頼らずとも、自然と目標に向けて動き出すチャンスです。
※本稿は、『すぐやる人の頭の中──心理学で先延ばしをなくす』(ダイヤモンド社)より一部を抜粋・編集したものです。