僕は、千葉県佐倉市というところで書店を営む両親のもと育った。
もともと製薬会社の営業をしていた父は、母と「本が好き」という共通点があり、2人でずっと一緒にできる仕事をと、僕が幼稚園のときに脱サラして書店を始めた。
これは余談なのだが、小さい個人商店なので父はいろいろ工夫していた。本の注文を受けて各家庭に配達するサービスというものを、Amazonよりも先に始めたのは、なんと黒田書店(編集部注/筆者の両親が営む書店)だったのだ。
父は大学時代にお米屋さんでバイトをしていて、他の書店と差別化しようと考えたときに、「そうだ、本もお米と同じで、各家庭に配達すればいい!」と思いついたのだ。
そしてもっとすごかったのは母だった。母のセールス力で、黒田書店は当時、百科事典や美術全集の単店売り上げ日本一を何度も取っていたのだ。
僕が中学生の頃、母が買い物に行くときなど、店番を頼まれることがよくあった。当時、レジ横には、『日本語大辞典』の「向日葵」のページが開いて置いてあった。
「買ってください」と言わない
黒田書店流のセールストーク
母には「お客さんが来たら「『ひまわり』って漢字で書けますか?とだけ、聞いてみて」と頼まれていた。ただ母には、
「売らなくていい」
「買ってください、って言わなくていいからね」
「あとはお母さんに任せて」
と言われていた。
そこで僕は、たとえば『週刊少年マガジン』を買いに来たお客さんに「ちなみに、ひまわりって漢字で書けますか?」と聞く。
当然、お客さんから「えっ!?」という反応が返ってくる。そこで「これ見てください」とレジ横にある辞典を指差して、「漢字や意味だけじゃなくて、写真も載ってるんです」とだけ紹介する。
そうすると、お客さんの頭の中には「たしかにこの辞典が1冊あると便利かも」という印象が残るのだ。
スマホもインターネットもない時代だ。「向日葵」以外にも「どんな漢字だっけ?」「あ、これの意味を調べたいな」と思うシーンで、僕が紹介した『日本語大辞典』をついつい思い出してしまうのだ。