【解説】現代ビジネスにも通じる
菊池寛のプロデュース術

菊池寛の雑誌運営は、単なる文芸活動に留まらず、現代のビジネスパーソンが学ぶべき戦略的視点に満ちています。

彼の慧眼は、約100年の時を超え、現代の組織論やマーケティング論にも通底する普遍的な示唆を与えてくれます。

「人たらし」の引力とコミュニティの熱量

菊池の手法は、現代でいう「コミュニティ・マネジメント」の先駆けと言えるでしょう。

彼は、経済的な支援や仕事の提供という「ギブ」を惜しみなく行うことで、作家たちとの間に強固な信頼関係、言い換えれば「貸し」を築きました。この心理的なつながりが、時に辛辣なゴシップ記事という「テイク」を可能にしたとも言えます。

ビジネスの現場においても、部下や取引先との関係構築は極めて重要です。日頃から相手に価値を提供し、信頼という名の貯金を積み重ねておくこと。それこそが、困難な要求や厳しい交渉を成功に導く土台となるのです。

菊池は、属人的な魅力と実利的な支援を両輪とし、強力な“菊池経済圏”とも呼べる熱量の高いコミュニティを形成していました。

炎上を恐れない、計算された「話題性」の創出

「文壇諸家価値調査票」のような企画は、一歩間違えれば人間関係の破綻を招きかねない諸刃の剣です。しかし菊池は、そのリスクを承知の上で、あえて議論を巻き起こすコンテンツを投下しました。

これは、現代のSNSマーケティングにおけるバイラル戦略、すなわち「炎上」を恐れずに話題性を最大化する手法と似ています。

彼は、人々が何を面白がり、何に反応するのかを的確に把握していました。ただ面白いだけでなく、当事者たちのプライドを絶妙にくすぐる批評性を加えることで、読者の知的好奇心をも満たしたのです。

変化の激しい時代において、常識の範囲内に留まっていては、大きな注目を集めることはできません。計算されたリスクテイクこそが、ブランドや個人の価値を飛躍的に高める推進力となることを、菊池の“文春砲”は教えてくれます。

※本稿は、『ビジネスエリートのための 教養としての文豪(ダイヤモンド社)より一部を抜粋・編集したものです。