このように、カンブリア爆発で多様な動物が出現したことは事実だが、それ以前にも地球にはたくさんの生物がいたのである。現在の知見では、最初の生物が生まれたのは、およそ四十億年前だと考えられている。ただ、それらの生物は硬い組織を持たなかったり、小さかったり、化石記録自体が不完全だったりしたせいで、化石としては見つかっていなかったのだ。

 したがって、以下のダーウィンの言葉は、完全に正しかったのである。
「私の理論が正しければ、シルル紀の最古の地層が堆積する以前に、シルル紀から現在までと同じくらいの期間か、あるいはもっと長い期間が経過していたのだ。そして、その知られざる長大な期間にも、世界は生物で満ちていたのである」

 ダーウィンを悩ませたカンブリア爆発という現象は、神による生物の個別創造の結果ではなく、自然淘汰によって起きた現象だった。結局、ダーウィンは正しかったのだ。ただ、それ以前の化石が見つからなかった理由は、ダーウィンが推測したような堆積環境の問題というよりは、むしろ生物自身の問題であった。

(本原稿は、『『種の起源』を読んだふりができる本を編集、抜粋したものです)

更科功(さらしな・いさお)
1961年、東京都生まれ。東京大学教養学部基礎科学科卒業。民間企業を経て大学に戻り、東京大学大学院理学系研究科博士課程修了。博士(理学)。専門は分子古生物学。武蔵野美術大学教授。『化石の分子生物学 生命進化の謎を解く』(講談社現代新書)で、第29回講談社科学出版賞を受賞。著書に、『爆発的進化論』(新潮新書)、『絶滅の人類史―なぜ「私たち」が生き延びたのか』(NHK出版新書)、『若い読者に贈る美しい生物学講義』(ダイヤモンド社)などがある。